第4話 おらさ、白スクとか、わがんね
小母さんのビーフシチューを頂いた後、自室に戻る。
「う、うう」
部屋のベッドにはレンが変わらず寝ていた。
ちょっと近づいて顔を覗うと、若干うなされてる?
「お、おら、お前とは結婚できねぇ」
それは時間にして午前七時四十分の出来事だった。
高校受験に合格している俺達だが、この日もまだ学校があった。
レンの場合、家庭の事情により今日ぐらい休んでもいいとは思う。
「お前とは結婚できねぇ、いくらお前が超絶イケメンで頼もしくて竜馬よりお金持ちだとしても――おらの心は決まってるだ! おらが好きな男さは、将門竜馬以外にいねーんだ!」
こいつ、相当パッションな夢見てるな。
クラホレンの好きな男は、俺以外にいないのですか、そうですか。
気まずくなる前に、俺は早々に学校に行くとするか。
今は西暦2103年、生徒達の通学はVR登校が推奨されている。
VRを導入してない学校もあることにはある。
例えば体育学校とか、農畜産物といった学科が主体の学校とか。
それらは知識だけじゃどうしようもないからな。
今は亡き祖父から聞かされた話だと、当時VR登校には障害があって、各家庭が当たり前のようにVR機器を持っていなかったことがネックだったらしい。しかし時代の移り変わりとともに、VRは今や生活必需品となった。
俺はVRに繋げるためのデバイスを三個持っている。
学校からの支給品と、自分が今使っているパソコンと、予備としてお古のが一個。
VR登校に使うのは学校から指定されている支給品のものを使わないといけなかった。
ってことでVR登校開始。
学校が用意したバーチャル空間の三年生の教室に俺のアバターが出現し、それと同時に学校のサーバー側が俺のログインを認識して出席簿に登校時間が自動的にマークされる。
俺のクラスで言うと各生徒の登校時間は部屋前方の黒板の隣にある掲示板に張り付けられた名簿用紙で閲覧できるようになっている。例えば今朝、寝言で俺にパッションな告白をしてしまったレンの出席率なんかも名簿用紙の右下にある表示切替で網羅できてしまう。
あいつ、今年度の出席率60%程度だぞ、大丈夫か?
などと思っていると、誰かが俺の肩を叩いた。
「お早うございます将門くん」
「あ、お早う」
その人はレンじゃなくて、クラスメイトの女子で学校では元生徒会長やっていた
「もしかして今日はクラホくんはお休みですか?」
「あ、あいつさ、昨日家がごたついたらしくて、たぶん休むと思う」
「そうですか……残念ですね」
高薙さんはその性格上、自堕落なレンとたびたび衝突していたのを俺は知っている。俺の見てる所でも、見てない所でも様々に口喧嘩して、二人は犬猿の仲だったことを証明していた。
何の因果か、高薙さんも進学先は同じだった。
あとは他のクラスに一人二人いるみたいだけど、確率的には凄いことだった。
何せ今の時代、受験出来る高校は全国の中から選べるのだから。
全国? いやいや、バーチャル空間上のみ存在する学校も含めると全宇宙と言ってもいいかも。だからレンと、犬猿の仲である彼女が同じ高校に進学するのは天文学的だったと思える。
「……将門くんに折り入って相談があるのですが、昼か放課後、空いてる時間ない?」
高薙さんまでも俺に相談?
昨日のレンの出来事があっての今日だし、今年は厄年だったりするのだろうか。
しばらくすると始業の予備チャイムが鳴り、俺は自分の席に着いた。
クラスの前方に黒板はあるが、今の時代はマルチモニターが主流だから。俺達生徒は黒板に映し出されたテキストや数式を、自分の机の前に出したウィンドウを通して眺めつつ、先生の解説を聞いて内容を理解する。
ごく稀に、先生が病休した時などはAIが代行して教鞭を取ったりするが、本当に稀だ。
高校受験を済ませた後の学校の授業は退屈だけど、人生の縮図って感じがする。例えば俺が定年退職を迎えたとしても、その後も人生はあるし、レンのように自堕落に生きる人もいれば、俺のように社会に顔を出す人もいるだろうさ。
これもモラトリアムの一種だと、ぼけっと授業を受けていればいつの間にか昼休みになっていた。昼休みになるとVR登校している生徒達はログアウトして、各々昼食を摂り始める。
「将門くん、今いいですか?」
しかしログアウトする前に俺は高薙さんから話しかけられてしまった。
「いいけど、早めに頼む」
でないと思うように昼食を摂れない。
昼休み後の五、六時限目は体育がある。
体育は学校が査定した各種運動を取ればいい。
俺の場合だと今日は温水プールでの水泳を予定していた。
俺から背中をせっつかれた高薙さんは一つ深呼吸して。
「もし、宜しければ、私と君とクラホくんの三人で卒業旅行しませんか?」
「……俺はいいけど、レンも一緒に?」
「ええ、クラホくんとはしょっちゅう喧嘩していましたが、振り返ってみると、彼は彼で掛け替えのない大切なクラスメイトだったと私は個人的に思ってまして。彼とこのまま犬猿の仲で居てもいいのですが、同じ高校に進学することもありますし、この機会に理解し合う時間が欲しくて」
レン、もしかしたらお前はとんでもないことをしちゃったぞ。
お前、もしかしたら彼女のハートを盗んでいる疑惑があるぞ。
「わかった、レンには俺の方から伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
彼女にお礼を言われたタイミングでログアウトすると、部屋のベッドにレンはいなかった。昼食を摂るため一階のリビングに向かう。そこには母さんの代わりに小母さんが居た。
「もしかして朝食だけじゃなく、昼も作っているんですか?」
「いけなかったかしら?」
「いや全然、両親も助かるんじゃないでしょうか」
とその時、誰かが俺の背中を――ドカっと蹴飛ばした。
薄れゆく意識のなか、小母さんが驚いたように目を見開いている光景がスローモーションで流れていく。
「この変態が! 母さんの裸を盗み見たらしいな竜馬!」
前のめりに倒れると、レンが以上のような誤解を繰り広げている。
誤解を解く前になによりも。
「ってぇな! それお前の誤解だし、何より暴力で訴えるんじゃねぇよ!」
そう言い、反撃するようにレンの左足にローキックを見舞った。
「女子に手をあげる男なんか滅びろ!」
するとレンは反撃の反撃としてグーパンチで肩をど突いて来る。
「俺の知ってるお前は立派な男だった!」
「それこそ誤解だ!」
俺達は今、久しぶりに喧嘩している。
その内容は今朝、俺が小母さんとお風呂場で遭遇してしまったのが原因だ。
俺達が喧嘩し合っている騒動を止めたのは、母さんだった。
「止めんかお前ら! 仲がいいのはわかったから、見っともない真似は止しなさい」
「最初に仕掛けて来たのはあいつだ」
「だから俺のは正当防衛だって? そんなのチンピラのやり口と一緒よ」
く……しかし、母さんの言う通り喧嘩は見っともない。
ここは俺の方から折れてやり、気を取り直そう。
「今回は俺も悪かった」
そのためにレンの前に右手を差し出すと、レンは手を払った。
「二度と母さんにちょっかい出すんじゃねーぞ」
「だから誤解だって」
「誤解も何もねぇ……――おらがいるのに、なして母さんなんだ」
「小声過ぎて何言ってるかわからないよ」
「なんでもねぇって言ったんだ! これで聞こえるだろ」
思春期はこれだから扱い辛い。
仕方ないから後でお詫びのスイーツでも買って持ってってやるか。
そんないざこざがあった昼食後、俺は五、六時限目の体育のために近所の室内プール施設にやって来ていた。ここで一時間弱汗を流し、腕に付けた計測機で出たバイタルデータを先生に提出して今日の学校は終わりだったはずなのに。
乳白色の小さなタイル仕立ての温水プール施設には結構人が居た。
ほとんどが俺と同じ学生だったと思う、今はそういう時代ってことなんだろうな。
じゃあ今日は遠泳は諦めて、50メートルの半分を泳いで、半分はウォーキングにしよう。と、早速最初の25メートルをクロールで泳ぎ切り、ウォーキングに切り替えると、遠くに居た人物を見て一瞬気が動転した。
誰かが、白スクの格好でこの温水プールに来ている!!
白スクはエルフ耳の次に俺が好きなアイテムだったりする。
そのため、両親には内緒で購入した白スクが自宅にあるのだ。
どうしよう、と思いつつ、眼下の水面に視線を下ろしてウォーキングしていた。
彼女はウォーキングした先にいる、しかし羨望を目の当たりにした羞恥で直視できない。
思い切って白スク姿の彼女を見るべきか、それとも見なかったことにして後悔するか……答えはわかり切っていた。
見ゆ!! 例えこのことでさらなるそしりを受けようとも、俺は白スク美少女を網膜に焼き付けるほど見ゆ!!
「竜馬」
その時、レンの声がしてとっさに我に返った。
レンの声は白スク美少女の方からしている、というか、レンが白スクを着ている。
無言でプールから上がった。
「お前、その白スクどうしたんだ?」
「これか? おら、さすがに家出る時水着持ってきてなかったし、お前の部屋にあったものを借りたんだ」
ああ、そうだろうよ。
それはそれとして、俺が白スクを隠していた場所は所謂俺の秘蔵スポットであり。
そこにはレンにすら見せられないような、エロアイテムが置いてあってだな?
「お前、何俺の部屋を家探ししてるんだよ、やめてくれよ」
「おら、竜馬が何言ってるか、わがんね」
とレンは供述しており、彼女の顔を見ると悪戯な笑みを浮かべている。
その笑顔を見て何かを察した俺はこう思いました――人生オワタ。
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