第5話 おらさ、第二ボタンとか、わがんね
今日は色々とあった気がする。
朝、起きるとそれまで親友だった奴が美少女エルフの格好で添い寝していて。気を取り直そうと朝風呂しに行ったら、美人なエルフと鉢合わせして。混乱を隠せないまま一人VR登校したら、体育の授業で親友が俺の白スクを無断着用していた。
今日を振り返ると正直、俺は恐ろしいものの片鱗を味わった気分だぜ(棒読み)。
クラホ・レン、俺の親友で今まで男だと思っていた実はエルフ耳の美少女。
お前といると退屈はしないだろうが、物事には限度がある。
「レン、昨日も言ったけどお前の部屋だってちゃんとあるんだぞ?」
「んー、おら、人肌恋しい時期なんだ」
だからと言って、俺の部屋のベッドで無防備な姿を取るな。
服がないからと言って俺のTシャツ一枚の格好で、下に何か履け。
「竜馬、明日どうする?」
「明日は土曜で学校も休み、だからと言って何もしないことはない」
「また新しいゲームでも一緒にするか?」
「……なぁレン」
真剣な眼差しでレンに居直ると、奴は前髪を気に掛けていた。
「何?」
「俺達、同じ高校に進学するけどさ、途中でリタイアしたりしないでくれよ?」
「わかってるよ」
「そうか、ならいい。いや、俺はお前のことだからてっきり最終的に俺に嫁げばいいとかって楽観視している気がしてな」
「だ、誰もそんなこと望んでねぇべ。おらにだって選択権があるしな」
それは今の時代に生まれて来る人達の特権と言う奴だろう。
人は未来を選択できる、それが22世紀初頭の当たり前の人権なんだ。
「……お前が俺の家に居候してる間は、恋愛禁止にしよう。俺もつき合うし」
「お、おお、それでいいぞ」
と言う訳で、俺とレンの間に一つの約束が出来た。
レンが俺の家を間借りしている間、俺達は恋愛を禁止にする。
もしもこの約束を破るほど、――誰かを本気で好きになれるのなら。
それはまた別の話だし、その時は俺もレンを応援出来ると思うんだ。
次第に時は流れ、春が産声を上げた頃。
俺とレンは三年間通った中学校を卒業する時が来た。
卒業式もまたバーチャル空間で行われ、学校側が用意した卒業式の舞台には桜の花弁が凛々しく咲き誇っている。三年生はそろって電子の卒業アルバムと卒業証書を担任から拝領して、後は各々気が済むまで教室で駄弁ったり、一部の生徒は私生活の鬱憤を晴らすように校舎を破壊する。
中にはバイクで走り出す十五歳までいた。
世紀末をイメージしているんじゃないんだから、と俺は一人で汗を垂らしている。
「竜馬、母さん達もう仕事に戻ってもいいかしら?」
「いいよ、手伝えることがあったら呼んでくれ」
「それって、暗にお金が欲しいの?」
「違うんだよ母さん、レンが金食い虫でさ」
レンが我が家に居候し始めて、俺はレンの私物を肩代わりして払っていた。
衣装代だったり、レンの部屋を整えるためのDIYの材料費だったり。
あいつ、俺の彼女か何かよってぐらい金を使わせる。
「もうしょうがないわね、この後で卒業記念にいくらか都合してあげるわよ」
おおお!? マジか。
「その代り、レンちゃんを大事にすること。いいわね?」
え?
「母さん、俺とレンは別にそんな関係じゃ」
「私は今なんて言った? いいわね、と言ったのよ」
え? 何この人怖い、本当に俺の母親であってる? え?
「そう言えばレンちゃんはどこに行ったのよ?」
「たしか誰かに呼ばれたって言ってた」
「あっそ、せいぜい奪われないように気をつけなさいよね」
あいよ、とうかつに生返事しちゃったけど、ち、ちがうんだからね!
俺とレンは付き合ってなんかない。
けど、恋愛感情を抜きにしても、母さんは大事にしろって言っていたのなら……。
その時、校舎の窓ガラスが一斉に割られ始める。
卒業生の中に支配からの卒業を目論んでいる生徒でもいるのか?
これはレンを連れてとっととログアウトした方が身のためだ。
レンと合流するため、独自に組み上げた学校のバーチャル空間内を探査、および目標への瞬間座標移動を可能にしたアプリを立ち上げる。目標はもちろんレンで、探査した所、レンは校舎の中庭にいるみたいだな。
じゃあ、さっさとレンを回収して逃げるか――と、思い座標移動すると。
「クラホくんの第二ボタンを頂けないでしょうか?」
「え゛」
レンはある女子から制服の第二ボタンをせがまれていた。
しかもその相手は元生徒会長の高薙さんだ。
なんという場面に立ち合わせしまったのだろう……青春してていいな。
「高薙は、おらのこと嫌いだったはずだろ?」
「将門くんから聞いてないのですか?」
「何を?」
「将門くんと、貴方と、私の三人で卒業旅行に行こうとお誘いしたのですが」
「……あー、そう言えばそんなこと言ってたかも」
そ、そうだ! 俺はしっかり伝えたはずだぞ。
「おらの家庭の事情をその時聞かされなかったのか?」
「いえ、そんなことは聞いていませんね。何かあるのですか?」
「んー、あー、高薙には関係ないことだ」
ったり前だろ! お前の父親の不倫問題は世間体悪くするだけだし。
「それで、第二ボタンは頂けないのですか?」
「わっがんねぇ女だな、こんなデータ上のオブジェクトに必死になるなんて」
とは言いつつも、レンは高薙さんに第二ボタンを渡していた。
すると今まで無音だった二人の周囲から、弦楽器のBGMが仄かに鳴る。
まさか、第二ボタンを譲渡するのをトリガーとして組み込んであったのか?
意外とやりますねぇ、今回の卒業式の仮想空間を作った先生方は。
「データ物ではありますが、それでも、貴方の第二ボタンは私の思い出になります……正直、今でも貴方のことは憎いです。小学校の頃、貴方にアバターをクラックされて大恥欠かされて、それが今でもトラウマで」
……そう言えば、レンが小学校の頃クラックしたアバターは彼女のものだったか。
俺も記憶があいまいだ。
「あれはおめえがおらの外見を一方的にけなしたのが悪いんだ」
「やはりそうでしたか、それは反省しています」
高薙さんはそう言い、頭を下げると、レンはバツ悪そうにしていた。
俺の目線だったから分かるんだけど、頭を下げつつも高薙さんは笑っていた。
そして、彼女は頭を上げると同時にレンの唇を奪うという劇的なことを仕出かす。
「何するだっ」
「あの時、貴方の外見を小馬鹿にしたのは、好意の裏返しだったんですよ」
「それがなんだって言うんだ」
「さぁ? ここから先は貴方が選択することなんじゃないかと」
おいおい、今時の女子ってぐいぐい行くな。そういう時代なのか? 頭でぼんやりと時代性を考えていると、レンと高薙さんのバックに半透明のブラックスクリーンが浮かびあがった。
『はぁ、思えばこの三年間、学校をサボってばかりいたなぁ』
「なんだこれ」
確かに、レンの言う通りあれはなんだ。
『学校はサボりがちだったけど、おらはこうして運命の人と出会えたんだ。学校で過ごした三年は決して無駄だったわけじゃねぇ。すると、おらの耳に鐘の音が聞こえたんだ』
との妙な怪文章が表示されると、本当に鐘の音が聞こえた。
『おらは天上から聴こえる幻の鐘の音に、生涯、この人を大事にすると心に決めた』
「……恐らく、これは今回の卒業式の制作者が仕掛けた隠しイベントですね」
と、高薙さんは卒業式の舞台を作った制作者の意図を冷静に推察している。
俺はこの仮想空間を作った開発者の技術力に目を見張ったものだけど。
当の本人たちはそんなこと思っていなかったらしく、レンに至っては。
「くっだらね」
卒業式の制作者が仕込んだイベントに唾を吐きかけていた。
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