1章12話 天才はYES NO以外の答えを導き出す
キッチンを出た真野は、一旦2人から距離を取りたいと考え、エレベーターを使って一階、最初に塔に入った時の何もない空間に佇んでいた。
(これからどうすっかなあ…
さすがに人殺しには抵抗感があるし、世界の敵とか言われても正直忌避感しかねえ。
ただ、さっきババアが言ってた事にも一理ある。
もし今、国同士、いや人間同士の小競り合いが本当に一定数収まっているなら、俺がここに留まってこの立場を維持する事にも大きな意味がある…
チャラ神のせいでもう後戻りはできねえし…)
ジャカジャーン!チャーンチャンチャンチャーン!
「うおっ!」
真野が思考の沼に陥りかけているその時、物音ひとつしない空間を切り裂くように、真野のスマホが大きな音を立てた。
「もしもし」
『もしもーし!オレやオレや!お前電話するっちゅーとったんに、全然掛けてこーへんやないか!スマホの前で静かに待っとったオレの気持ち置き去りにしよってホンマ!』
元気なエセ関西弁が聞こえてきた。
精神的に疲労し始めていた真野にとって、眩しく思えるような明るさだ。
「土井か…悪い、あれからも色々あってな…」
『なんや辛気臭い声出しよって!
このヒサト様にその色々っちゅーんも含めて全部ぶつけてこんかい!
オータはなんや知らんけど昔っから人を頼るっちゅーことが下手やからなあ。
ヒサト様がなんでも聞いたるっちゅーねん!』
「そうか…すまんな。俺も行き詰まってたところだ。
とりあえず何があったか…聞いてもらっても良いか?」
真野はこの能天気な友人を頼る事にした。
床にどかっと座り込み、ここ数日で起きた事、真野が何を考えているのかを語り始めたのであった。
――――――――――――――――――――――
『なるほどなぁ。ほんでこれからどう立ち回るんか判断がついてないっちゅー事かい。』
「そうだな。まあやらなきゃいけない事だってのは分かってるんだが、覚悟ができてねーっつうのが正直なところだ。」
土井に話す事で改めて思考整理ができた真野は、やはり自分の状況は詰みに近いと感じていた。
『ほんならこーゆー事ちゃう?』
「なんだ?」
『オータはもう既に世界の敵や。
その存在だけで、抑止力になってんねん。
せやから、魔王として君臨はしといたらなあかんけど、蹂躙はせえへん。それしたらホンマに世界の敵になってまうしな。
ただ、ひと月経ったら入口開いて攻め込まれるリスクが高い。それまでに身の回り固めといて、自衛はできるようにしとくんや。
それやったらオータが嫌な思いする事もないし、抑止力としての魔王も維持できるんちゃうか?』
「…ッ!」
真野は目を見開いた。確かにそうだ。
世界の敵であり続けるには、魔物をばら撒くしかないと思っていた。
ただ、もし土井の言うように存在そのものが抑止力として働くのであれば、こちらから戦闘を起こす必要はない。自衛の為の戦力を増強できれば全てを叶えられるのかもしれない。
『まあ、そんなん直近何ヶ月かの誤魔化しにしかなれへんけどな。
それでも、やる価値はあるんちゃうか?』
土井の言う通りだ。真野は視界がスッと開けたような気持ちになっていた。
「お前はホントに昔から核心をつくよな…」
『せやろ?これが天才ってもんや!ナッハッハ!!
天才起業家っちゅーのんは伊達やないでえ!』
「ホントかもな。助かった。」
『なんや、珍しく素直やないか!
まあ今回は事が事やからしゃーないか…
オータは昔っから紗希ちゃんの為となるとムチャしよるからなあ…』
「…それだけじゃねーだろ。」
『ハイハイ、わかっとるわかっとる!
大事にし過ぎて素直に認められへんとか、子供かっちゅーねん!
金の延べ棒部屋に溜め込んでる貧乏人みたいなもんやぞ!』
「…ほっとけ。」
『まあええわ。今度そっち寄るつもりやから、そん時はしっかりもてなしてや!」
「ああ。またな。」
『ほなまた!』
プツッ、プープープー
土井との通話が終わり真野は静寂に包まれるが、先程までとは心持ちがまったく異なっていた。
「胡散臭いやつだが、話してみるもんだな。」
整理できてみて今の状況を考えると、そこまで悪いものでもない。
むしろ、突如魔法なんてものが発生した世界で自衛手段を整えられそうなのだから、誰かを守るという視点に立てば好転しているとまで言える。
「紗希、心配させちまったかな?」
真野は頭を掻きながらエレベーターへと向かっていった。
――――――――――――――――――――――
『66階。魔王の間です。』
「ふう…ウオッ!?」
到着した真野だったが、いきなり視界が閉ざされ、真っ暗な中で何かヌメヌメした生臭いものに身体を撫で回される。
(なんだこれ、なんだこれ!?魔物か!?
あのババアが何かしてやがんのか!?)
「クッソ…ウッ…脱出しねえと…」
ブンッ!!
「は?」
気づくと真野はその攻撃から逃れ、魔王の間の中心付近に立っていた。
エレベーター付近に目をやると、そこに居たのは…
「シロ、お前なあ…」
「ご主人、恐れ入りますが食物を所望致します。」
シロが立っていた。
そこから考えて先程の何かはシロの舌だということに思い至った真野は少し嫌な顔をするが、すぐに表情を戻して呟く。
「あ、そういやメシの時お前居なかったな…」
「はい。
部屋の入口が小さく入っていく事ができなかったのです。
部屋の中からはとても食欲をそそる匂いが立ち込めてきて…
ただご主人達のお話を邪魔してもいけないと外で待機していたのですが…
申し訳ありません。そろそろ限界が近いようでして…」
「いや、こっちこそすまん。ちょっと待っててな」
真野はシロをひと撫でしながら声を掛けた。
自分の事でいっぱいいっぱいになっていた事を恥じいるようにゆっくりと。
そして。
「紗希ー、婆さーん!シロにもメシ持ってきてやってくれー!」
真野はエレベーターの中でどう切り出そうか悩んでいたのも忘れて部屋の中に声をかけるのであった。
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