1章6話 おばちゃんの世間話は大抵呑気
「なんだあれ…」
真野の呟きは、周囲の住民全ての内心を代弁していた。
なにしろ、前日までは地域住民の憩いの場であった大きな公園が、夜が明けたらどこまでも空高く伸びる巨塔に変貌していたのだから。
「なにポカンとしてんの?
あんなのいつできたのよ」
紗希が何か言っているが、全く耳に入らない。
なにしろ、真野は昨晩自称神のチャラ男から、重大な発言を得ている。
ハッキリとは覚えていないが、裏の公園に家を用意したとかなんとか。
「とにかく行ってみるか…」
内心を嫌な予感が埋め尽くしてはいるが、ひとまず状況を確認しない事には何も変わらないと判断した真野は、全ての感情が抜け落ちたような顔で巨塔に足を向けた。
「なに?あの塔に行くの?
私もついてこうかな。」
気軽な紗希を恨めしく思いながら、真野は無言で巨塔に向かっていった。
塔までは徒歩3分の距離だ。
あっという間に目的地に着いたが、やはり地域住民も不審に思ったのか、少なくない人数の人だかりができていた。
人だかりの後ろから塔のふもとに目をやると、塔の壁には大きく文字が刻まれていた。
『ManoTower』
「いや、ムリムリ…」
「どうしたの?」
「んー、なんつったら良いかなぁ…」
紗希が不思議そうな顔を向けてくるが、ここで認めたら何かが終わってしまうような気がした真野は、遠い目をして呆然としていた。
「これなんなんだろうねえ」
「昨日までは無かったわよね」
「そうそう、入口も見当たらないらしいわよ」
「なにそれ、怖いわねえ」
「一夜城ってヤツかしら。
にしてもこんなところにこんなおっきな建物建てて、なにか良い事あるのかしらね」
周りの人だかりから、呑気な会話が聞こえてくる。
「入口が無い…?」
正直に言って、真野はほぼ確信していた。
昨晩の自称神の発言、刻まれた文字。
この塔は、真野のために建てられたものだ。
ただ、入口が無いのならどうしようもない。
このまま知らぬ存ぜぬで通す事もできるのではないか。
「ふんふん、入口が無いならどうしようもないな!」
そこで踵を返そうとするが、
「とりあえず案内してよ!」
と、紗希に腕を掴まれて引きずられていく。
渋々塔の周りを見ていくが、先程おばちゃん達が話していた通り入口らしきものは見当たらない。
「なんなのこれ。どこからも入れないじゃない。」
「知らねーよ。そーゆー塔なんじゃねーの?
オブジェ的な?」
「オブジェでこんなおっきい塔作るとか、意味わかんないでしょ。
これは好奇心をくすぐられるわね!」
塔をペタペタ触りながらなんだかワクワクしだす紗希だが、早くここから立ち去りたい真野は仏頂面でダラダラと歩いていた。
「ちょっと、聞いてる?」
「…」
「オータ!オータってば!」
「…」
「ちょっとー、聞いてんの!?」
ドンッ!
「っとと…」
どうしらばっくれるかを考えながらダラダラと歩いていた真野は、紗希に突き飛ばされてフラつき、塔の壁にぶつかってしまった。
「いってーな!何しやがんだ…」
『認証しました。転送を開始します。』
「!!??」
真野は紗希に詰め寄ろうとしたが、機械音声染みた声が聞こえたかと思うと、突如。
真野と紗希の周囲を淡い光が包み込んだ。
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