1章2話 語彙が少ない

その後も、俺は落ち着かない日々を送っていた。



職場に行けば知らない女性社員から、

「ねえ見て、例の人よ」

「あの人がー?普通の人なのにはっちゃけてるねー」



と陰口を叩かれ、

仕事の合間でトイレに行けば同僚から、



「お、今回は間に合ったんだな」


といじられる。



スマホを開けばツイーターのトレンド上位は俺関連の単語が独占している始末。



「だるっ」

とこぼしてしまうのは当然の事だろう。



どうも、神に名指しで絡まれた時に反応してたのを、たまたま近くにいた同僚に見られていたらしい。

そこからSNSを通じて一瞬で拡散。

あっという間に不名誉な形で俺の事は知れ渡ってしまっていた。



そんなこんなで、今となっては俺の安住の地は自分の部屋だけになった。



定時を回り少ししたところでようやく憂鬱な仕事を終え、電車で5分。最寄駅から徒歩15分。

広めの1Kが俺の城だ。



「ただいまー」

と無人の部屋にようやく辿り着く。

無人ではあるが、今日もいつもの出迎えがある。



「フニャー」

「ただいま、シロ」



飼い猫のシロだ。

ひょんな事から俺が飼うことになったが、まあまあ懐いてくれている。

休みの日にも早朝からちょっかいをかけてくる厄介な奴だ。



「あー、疲れた。色々疲れた。メシはちゃんと食ったか?」

「フニャー」

「お、撫でてほしいのか?よしよし」

「フニャー」

「お、おい、どこ行くんだよ」


撫でてる側からトコトコっと歩き出すシロ。

ようやく止まったと思ったら、そこは餌場の前だ。



「まだあんじゃねーかよ。食えよ。」

「フニャー」

「ったく。シロは食い意地張ってんな」



言いながら、チューロを少しくれてやる。

安月給の独身サラリーマンとしては、少しでもコストを抑えたいところだ。



「はー、今日はメシ食って風呂入ったらすぐ寝るかな」



そう誰にともなく呟き、習慣でテレビをつける。

そこでは偉ぶったオッサンが集まった特番が映し出されていた。



『世界情勢としては、東西の冷戦が再加熱していますね』

『それは、やはり先日の?』

『そうです。魔法です。どれだけ有能な魔法使いを囲い込めるか。対外的に戦力として誇示する流れも徐々に顕著になってきており、早くも株価にも反映する動きが見られています。』



そう、魔法。

胡散臭いチャラ男みたいな自称『神』の言ったことは本当だった。

世界中で魔法を使える人間が観測され始めた。

使える魔法は人それぞれで、バリエーションもかなりあるらしい。



「怖いなー、戦争とかイメージつかんわ」



学校の授業で過去に戦争があった事は聞いているものの、全く身近に感じられない世代。



また、異変発生時には体内に違和感があったものの、周囲には魔法を使える人間もおらず、魔法も戦争も画面の向こう側での出来事でしかなかった。



「俺らには関係ないな」

「フニャー」



自称神のせいで明日からの生活を想像すると少し陰鬱な気持ちにはなるが、夕飯を食べてシャワーを浴びた後にはそれもケロッと忘れ、男はベッドに潜り込んだ。



「おやすみ、シロ」

「フニャー」

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