☪︎月兎

落。

「ねぇ、私を殺してください」

放課後の屋上。そいつは唐突に言った。

まともな返事などできる訳もなく「は?」という否定を含む一言が反射的に漏れ出る。

“否定”はその言葉自身への否定だった。

「だから、私を殺してください」

もちろんもう一度聞かなくても意味は理解出来る。

いや、理解なんて出来るはずもないけど、言葉の意味自体は理解出来る。

「なんで」

素っ気なく返すとそいつは笑った。

「好きな人に殺してもらえるなんて、これ以上素敵な事はありますか?」

爽やかで、綺麗な笑顔だった。キラキラして見えた。多分それは太陽を背にしているから、そう思っただけ。


-


地面と血を背景にして横になっている。

映画やドラマで見ることは平気だが、現実で見ると気持ちが悪い。

どくどくと溢れる血液。鼻腔を劈く錆びた鉄のような血の匂い。気持ちが悪い。

あの整った顔立ちは変わり果て、か細い腕や足は明後日の方向を向いている。

おぇ、と胃の中のものが逆流してくる。吐き出しそうになる、堪えた。

若干息がある。そしてぽつりぽつりと言葉を出すが全然聞こえない。ただ、

「一生」

その言葉だけはなんとか聞こえた。

そして、続きの言葉は分からないまま、目の前の命は途絶えた。


-


「じゃあ、私こっから飛び降りますよ」

爽やかな笑顔なままそう言ってさもその行動が当たり前かのように柵を越えた。

「おい、待て、何してんだ…」

焦りながら言うが体は金縛りにあったように硬直してしまって動かない。

「飛び降りるんですよ」

「なんで…」

「貴方が好きだから」

その意味を聞く前に、そいつは身を投げ出した。

そいつはグランドと夕日をバッグに、髪を揺らしながら体をその背景へと傾けていた。

フッという軽い効果音が良く似合う。

本当に軽やかに、宙を舞うように、綺麗に、鮮やかに、

落ちていった。

墜ちていった。

堕ちていった。


落ちた瞬間体が動く。最早反射のように慌てて柵に走り、そいつが落ちた場所を見下ろす。

スローモーションかと思うくらいにゆっくりと、墜ちている。

俺はどうすることもできなく、ただ、そいつが落ちていくのを見ることしか出来なかった。酷く幸せそうに微笑んでいた。それでも、涙は出ていて、雫が宙を浮いていた。

4階から、3階へと、3階から、2階へと、2階から、1階へと、そして、段々と、地面に、地面に、近付く。この屋上から、この柵から、俺から、この世界から、着々と、段々と、離れていく。

ぐしゃり。

肉が地面に強打して潰れるような音がかすかに聞こえた。









「貴方の一生になれますかね」

死ぬ間際の言葉。その言葉は想い人にも、誰の耳にも届くことなく静かに、静かに消えていった。




墜ちる_墜落

堕ちる_堕落

落_落。


落。

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☪︎月兎 @urei_527

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