第4話 金光弥生と個人情報と奇妙なお誘い
「あなた、1年黒龍丸組の野上熊子さんよね。いつも見ているわ。
私は金光弥生(かねみつ・やよい)。2年新田丸組。初めまして…じゃあないけど、よろしくお見知りおきを。」
右手を胸に当て、鈴を鳴らすような声で自己紹介を行う姫カット…ここからは弥生と呼称する。
「は、へえ、うちゃあ…」
横たわったまま自己紹介を返そうとする熊子を、軽く右手を上げて制する弥生。
「あなたのことはよく知っているわ。ええっと、家族構成は、早くにお母さまを亡くされて父ひとり、弟ひとり。お父様はサンパンの船長をしていて、入試の成績は国語と社会だけバツグンで、あとはビリに近い感じ。お父様の出身地の関係で山口方言がひどく、身長は152cmで、スリーサイズは…」
「ちょ、ちょ、ちょい待ってつかーさい!」
この人、ウチの個人情報をどこまで知ってるんだ???
「だって、興味を持った方のことって、なんでも知りたくなるでしょ?これくらいは当たり前でしょう。それに、あなたの制服や下着の洗濯は、私が命じているの。でしたらスリーサイズくらい、すぐ把握できて当然でしょう?」
ストーカーが出てくるドラマで、ストーカー役が喋りそうな気色悪い内容を、全く悪びれず、サラっと言ってのける弥生に、熊子は言葉がない。
「…弥生先輩が何者なんかようわからんですが、うちにこねーにしてくれてん理由は何ですか?もし目的がゼニなら、うちは貧乏ったれで、この学校の月謝を払うので手一杯ですけー…」
絞り出すような熊子の言葉に、一瞬キョトンとした表情を浮かべた弥生だが、ややあって大笑いを始めた。
「アハハハハ!そんなこと、黒龍の方に最初っから求めてませんわよ!お金って寂しがりやですから、あるところにしか集まらないんですのよ!それを黒龍丸組の方から毟ろうなんて、そんなさもしいこと、全く考えてませんわ!アハハ…ああおかしい…」
お金持ちっぽいお嬢様のガチ笑いに、さすがに貧乏人のプライドが傷つき、ちょっとムっとした熊子。
「あ、ごめんなさい…私、思ったことがすぐ口や行動に出ちゃうタイプで、つい世の中の真実を話してしまって…ほんとうにごめんなさいね…フフフ…」
コイツ、自覚症状があったんかよ…タチ悪いなあ…。
一通り笑い終わった弥生は、涼しげではあるが、射るような視線を熊子に向けた。
「あ、そういえばあなたが『指導』を受けるたびに私がここに担ぎ込んでいた理由よね…細かい説明を省くと、あなたは私のメガネにかなった、ということよ。」
いきなりの上から目線発言だが、不思議と不愉快な感じはしない。しかし、有無を言わせない力強さがあった。
「ええっと、そねーなことを言うてっちゅうことは、先輩はこの学校のエライさんと知り合いかなんかなんですか?それに、先輩とコネができることで、ウチになんぞええことがあるんですか?」」
熊子の発言に、弥生は一瞬キョトンとした顔になり、それから、さっきよりも大きな声で笑いだした。顔の半分を口にして。ほんとうに、大きな声で。
「アハハハハ…本学で私のことをまるで知らない人って、いたのね!ハハハハハ…おもしろい!やっぱりあなた、おもしろいわ!!私の目に狂いはなかったわ…ああおかしい!」
自分の発言の何が面白かったのかわからず、キョトンとしている熊子を尻目に、弥生は続ける。
「まあいいわ。あとはそこにいる浅野さんに任せるから、気分がよくなったら服を着て帰ったらいいわ。
あ、野上さん、そういえばこのあと、お時間ある?」
帰宅部の熊子の放課後は、いつもヒマだ。父は仕事の性質上帰宅が遅いし、中学生の弟は父に似て、なんでも自分でやってしまうタチなので、夕飯の支度をしなくちゃいけないなどという決まりもない。
「はい。」
「じゃあ気分がよくなったら、柔道場に来てちょうだい。別に『指導』とかじゃなくて、面白いものをお見せするわ。それも、そこの浅野さんが案内してくれるわ。それじゃ、ごきげんよう。」
フワリと音もなく身をひるがえし、保健室を去る弥生。それは一幅の絵のように優雅で、熊子も思わず、目を奪われた。
その熊子のベットの横で、弥生に深々とお辞儀し、その退出を見守っていた女生徒…先ほどから弥生が「浅野さん」と呼んでいたその女生徒は、身の丈は熊子より頭一つ低く、大きな丸めがねをかけ、おでこ丸出しのひっつめ髪を短く束ねていた。
弥生の姿が完全に見えなくなった…と思った刹那、「浅野さん」と呼ばれたチンチクリンは上体をゆっくり起こすと、射るような鋭い視線を熊子に向けるやいなや、熊子のセーラー服をその顔面に叩きつけた!
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