第3話 保健室と姫カットとそば焼酎
熊子が目を覚ました時、眼前には幾度か眺めた保健室の天井が映っていた…と思った刹那、先ほど柔道場で見た姫カットの顔が、ドアップで映し出された。
姫カットの髪は長く、幾筋かが熊子の顔にかかる。どこの会社のどんな製品を使っているのか知らないが、その髪から立ち上る嗅いだこともない芳香が、熊子の意識を覚醒させる。
「え、あ、うう、ええと…」
何を言っていいか分からず、意味不明なことを口走る熊子に、姫カットは掌を向けて制する。
「今動いてはいけません。セーラー服の襟ってエッジが効いてて、思った以上に深落ちされていましたから、脳にじゅうぶんな酸素が行きわたるまで、寝ていらして。それにしても…」
姫カットが熊子から逸らした視線の先には、熊子と共に懲罰を受けた同級生が、養護教諭の応急治療を受けていた。
「ナニ、痛い?痛いのは生きてる証拠よ!『痛い』と思うケガは皆治るのよ!
え、腕が折れたかも知れない?それだけ動く立派な腕が折れてるわけないでしょ!とりあえず消毒、消毒!」
養護教諭は傍らの焼酎のボトルを掴むと、それをラッパ呑みの要領で口に含み、痛い痛いとうめいている同級生の患部に、「♪そば焼酎~、雲海~♪」などと、CMソングを鼻歌で歌いながら吹きかける!燃えるような激痛に、さらなる叫びをあげてのたうち回る同級生…そこからさらにコールドスプレーの連続噴射…野戦病院さながらの光景である。
柔道場とはまるで異質のの惨状に、マイペースな熊子もさすがに戦慄を禁じ得ないが、姫カットは構わず続ける。
「ほんと、あのシスター、柔道部のことを自分の私物と勘違いして、こんなことに使って…何を考えていらっしゃるのか、全然わかりませんわ…それにしても、ほんとうにごめんなさいね…」
姫カットの表情からは、かなり沈鬱な気持ちが伺われた。
熊子は改めて、姫カットの風貌や身に付けているものを見渡してみる。
全体的な特徴は先ほど記載した通りだが、いまは柔道着ではなく制服…つまり、濃緑色に白線一本のセーラー服を着ているためか、スマートさがさらに際立つ。リボンの色は白で、これはNYK組だけに許された色。ちなみに「笠戸」は黄色、「黒龍」は水色である。
左胸には、2年新田丸組…つまり、NYK組の中でも、頭脳家柄共にトップの集団が集まるクラスの所属であることを示す、艶ありブラウンの徽章が鈍く光っていた。
へえ、このひと、生粋のお嬢様なんじゃ…
ひととおり観察が終わったあとも姫カットの沈鬱な表情は続いており、熊子は場をとりなそうと、毛布をはねのけて上体を起こそうとする。
「あ、ええ、うちゃー頑丈なのが取り柄ですけエ、少々のことじゃあ潰れませんけエ、気にしてんのーてええですよ!」
それを見た姫カットは、あわててそれを制する。
「あ、野上さん!あなた今、制服着てないから!下着だけだから!毛布をとっちゃダメ!」
…ナヌ…????
そう指摘されて毛布をめくり、自らの体を顧みれば、たしかに制服は着ておらず、下着だけにされていた。靴下だけは残っていたが。
しかしなぜ毎度毎度、保健室に寝かされると全裸か下着なんだろう…しかもこの姫カット、苗字を言ったよな?なんでウチのことを知ってんの?それになんでウチが下着一丁ってこと知ってんの?
いくつかの「?」を脳内に点灯させながらも、周囲に人が多数いる現時点において、服を着ていない熊子は毛布をかぶってベッドに仰向けになるほか、採るべき行動がなかった。
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