にじゅうなな
硝水
第1話
二十七クラブに入れなかったと嘆いていたが、別に私はトップスターでもなんでもなかった。
「誕生日おめでとう」
「おめでたいもんかねえ」
二と八をかたどったキャンドルが形をなくすまでぼうっと眺めて、溜息で吹き消す。クリームの雪原に赤々と広がった蝋が少しずつ固まっていく。
「ちゃんとお願いごとした?」
「願うことなんてないわよ」
悪霊はもう訪れないから、守られる必要がなくなったから、私の誕生日に集ってくれるのはいつしか戸塚だけになっていた。戸塚というのはハンドルネームで、本名は……何だっけ。たしか小野三世みたいな名前だ。
「もったいなーい。私がミス・アルテの分まで願っとくわ」
「その名を口にするな」
「あはは、まだ怒るし」
中学時代の黒歴史ハンドルネームでいまだにいじってくるのはこいつくらいだ。その頃から交流が続いているのもこいつくらいだ。
「最近チーズがあんまり食べられなくなってきて、歳だなぁと思う」
「大人になったなぁでいいじゃん」
「歳とったはネガティブな感じで大人になったはポジティブな現象に使いたいんだけど」
「えー、一緒じゃん」
「全然違う」
「細かいなぁ朝倉さんは」
戸塚のこういう大雑把なところには憧れる。このくらい適当だったらそりゃ勝手に人生も楽しくなると思う。
「戸塚の誕生日っていつだっけ」
「当日鬼電してあげるから覚えなくていいよ」
「あんたは私の誕生日覚えてるじゃん」
「うん」
「うんじゃなくてさ。私去年三回祝わされてるのは覚えてるんだからね」
「あはは」
「あははじゃねーだろ」
「去年は寂しかったからさ」
「今年は寂しくないってことね」
「今年はめっちゃ寂しいので四回ケーキ用意してね」
「するかボケ」
四等分したケーキの一切れを私に差し出し、残りの三切れにフォークを乱れ撃ちしながらケラケラ笑っている。戸塚は声が若いな、とどうでもいいことを考えながら降り注ぐフォークを避けてもう一切れ奪い返す。
「朝倉結婚しないの?」
「相手がいるように見えるか?」
「めんどくせー!」
「戸塚は結婚しないの」
「相手がいるように見えるか?」
「あー、たしかにめんどくさいわ」
「そんなめんどくさい朝倉に付き合ってあげてるんだから私にもっと課金してね」
「うるせー新刊出せよボケ」
「寄稿よろしくお願いしまーす」
「また二十七ページになったのか……」
「おかしいよね」
「おかしいよねじゃないんよ」
「だって私、ネームも下書きもちゃんと、扉と奥付含めて二十八ページになるようにやってるのに、なんでか完成原稿が二十七ページになってるんだよ。別に抜けてるページもないし」
「にしても毎回はちょっとアレよ」
「アレって何よ」
「アレはアレよ」
戸塚はくりんくりんの睫毛を時々持ち上げながらぺろっとケーキを完食してしまう。
「要らないんならちょーだいよ」
「正直もう要らないけどこれは私のバースデーケーキだというプライドはある」
「要らないんじゃん」
戸塚が斜めに切るからぐちゃぐちゃに倒れてしまったケーキを差し出す。掃除機みたいにケーキが吸い取られて空になった皿が三枚返ってくる。お前の分も洗えって?
にじゅうなな 硝水 @yata3desu
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