さん付けと違和感

「じゃ、またあとでね~」

 女子生徒はそう言いながら手を振って、ヒロと呼ばれた生徒と一緒に歩いて行った。ヒロも笑顔で手を振っている。その顔を見てもやはり女子か男子か区別がつかなかった。二人と入れ替わるようにして一人の女性教師がやってきて、今度は結人の顔を見るなり、

「あ、鯨井さんは先生と一緒に来てください」

 と言われて、渋々それに従った。どうせまた、教室で前に立たされて挨拶をさせられるんだと思った。以前にもあったことである。

 その予測は的中し、彼は担任に連れられて教室に入り、教壇の横に立たされた。

「今日から皆さんのクラスメイトになる鯨井結人くじらいゆうとさんです。仲良くしてあげてくださいね」

『…さん…?』

 強烈な違和感に、結人は思わず教師の顔を見上げていた。そう言えば名簿の前で声を掛けられた時もそうだったが、『鯨井さん』とさん付けで呼ばれた。女子でもないのに。

 結人がそう思うのも無理はなかった。この学校では、男子も女子も『さん付け』で呼ぶことになっている。ジェンダーフリーの考え方というのも理由の一つだが、実はそれ以上に、実社会では普通は男女関係なく『さん付け』で呼ばれることの方が圧倒的に多いので、今のうちからそれに慣れてもらおうというのもあるらしい。

 だが結人がこれまで通っていた学校では男子は『くん付け』であり『さん付け』は女子だけだったので、強い違和感を覚えたというわけだ。が、それに文句を言うのも面倒臭い。呼びたきゃ勝手にそう呼べと思いつつ、彼は不貞腐れた顔をしただけだった。

「鯨井結人。よろしく」

 教師に促されてぶっきらぼうにそれだけ口にした彼に何人かの生徒は眉をひそめて訝し気に見たりもしたが、殆どの生徒はそれほど気にした様子もなく受け流したようだった。

「じゃあ、鯨井さんの席は、あそこの空いてる席ね」

 担任が指さしたのは、窓際の一番後ろの席だった。だがそれを見た瞬間、結人はますます不機嫌そうな顔になった。自分の席の隣に見知った顔を見付けたからである。できれば関わり合いたくないそれは、間違いなく山下沙奈子だった。

 なるべく沙奈子の方は見ないようにして、結人は席に着いた。すると沙奈子が、声は出さずに小さく頭を下げて挨拶してきた。だが彼はそれに気付かなかったふりをして無視し、窓の外を見た。三階建て校舎の三階だが、中庭と隣の校舎が見えるだけの場所だったので、特に見晴らしが良い訳でもなく退屈しそうだと思っただけだった。

 こうして、結人と沙奈子の六年生としての学校生活は始まったのである。


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