質問攻めと戸惑い

 鯨井結人は、愛想が悪く他人を睨み付けるような目つきの悪い少年だったが、それと同時に小学生にしては引き締まった精悍な顔つきをしており、決して背は高い方じゃないが体も大型の猫科の獣を思わせるしなやかな体つきをしていた。

 顔立ちだって決してバランスが悪いと言うほどでもないのもあってか、愛想が悪いという点を除けば、いや、むしろその愛想の悪いきつい視線こそが一部の女子の何かをくすぐるらしく、すぐに何人かの女子生徒が彼の近くに集まるようになっていた。

「ねえ鯨井さん。鯨井さんは前はどこに住んでたの?」

 とか、

「鯨井さんは何か得意なスポーツとかってある?」

 とか、

 およそ転校生に対する定番の質問攻めにされて、げんなりという顔をしていた。

「悪いけど、俺、女子とか興味ねーんだ。ほっといてくれよ」

 面倒臭そうにそう吐き捨てると、女子の一人がぱあっと顔を輝かせてさらに近寄ってきて、問い掛ける。

「え!? 鯨井さんって、男の子が好きな人!?」

「はあ!? ふざんけんな!!」

 なるべく関わり合いになりたくなかったからとにかくきつめの感じでと思っていただけなのに、有り得ないことを訊かれて彼は思わず声を荒げた。その瞬間、教室の中に緊張感が走る。すると、教室の隅で何か作業をしていた担任がすぐに駆け付けてきた。

「どうしましたか?」

 そう訊いてきた担任に対して、その場に集まっていた女子達はお互いの顔を見合わせて微妙な表情をしていた。そうやって曖昧にするのが彼女らの誤魔化し方らしい。すると担任は、声を荒げた結人にではなく、集まっていた女子生徒に向かって声をかけた。

「みなさん、鯨井さんは転校してきたばかりで他に顔見知りがいないんです。そうやって取り囲んで質問攻めにしたら、困ってしまいます。ですから、聞きたいことがあるときは少しずつ、一つずつ、丁寧に聞いてあげてください。お願いします」

 担任がそう言うと、女子生徒達は「はい」と素直に返事をした。どの程度理解したのかはまだ定かではないものの、少なくとも態度は従順にも見えた。

 しかし結人の戸惑いは、そこではなかった。彼が今まで見てきた教師は、必ず、大きな声を出した自分に何か原因があると決めつけ、理由も聞かずに『何をやってるんだ!?』と頭ごなしに怒鳴ってくる感じだったのに、この担任の様子は彼が知るどの教師のそれとも違っていたのである。

 だがそれは、彼が今後感じる戸惑いのほんの入り口に過ぎなかったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る