行水と長風呂

 要するにある意味では似た者同士なのだ。粗暴な結人と大らかすぎる織姫という正反対にも見える二人だが、本質の部分では似通ったところもあったということだ。だから一緒にいられるというのもあった。

 一方で違う点としては、烏の行水の結人とは正反対に、織姫の風呂はとにかく長かった。時間に余裕がある時には一時間くらい平気で入っている。だから結人が、

『死んでんのか? 死んでんのなら返事しろ!』

 と風呂のドアを蹴飛ばしたこともあったくらいである。

 それくらいだから、織姫は今日もゆっくりと時間をかけて丁寧に体を洗い、髪を洗い、手入れをして、それからのんびりと湯船に浸かった。その姿は、湯で戻してとろけた餅のようでさえあった。

 そうして寛ぎながら、織姫は思い出していた。山下達やましたいたるのことを。

 大学時代の彼は、真面目ではあるが非常に消極的で内向的で、サークルなどにも一切参加していなかった。大学と下宿とアルバイトを毎日同じように巡るだけで、名前も顔も同じゼミの殆どの人間にさえ覚えてもらえていないような有様だった。だが織姫はそんな彼のことが何故か気になり、ちょくちょく声を掛けては世話をやこうとしてたりもした。夕食のおかずを作って部屋に押しかけたこともある。

 しかし当時の彼は明らかに他人と関わり合いになることを拒んでおり、露骨に迷惑そうな顔まではしないが喜んでもいなかったのも彼女にも分かっていた。それでも気になる存在だったのだ。

 なのに、大学を卒業して就職してからは顔を合わす機会もなかったとはいえ、久しぶりに顔を合わしてみれば姪を娘として引き取って育て、あまつさえ結婚までしていたのだ。その変わりように、彼女は軽く眩暈すら覚えた。あの頃の彼からは想像もできない姿だったのだから。

 大学時代の彼しか知らなかった彼女は、もし偶然に彼に再会できるようなことがあればそれこそ<運命の相手>だと考えてもいいと思っていたりもしたのだった。

 だが、現実は厳しかった。思いがけず再開し運命を感じたにも拘らず、彼はもう娘を持った既婚者だったともなれば、この時ばかりは運命の残酷さを呪ったりもした。

 思えば、彼女が好きになる男性は既婚者や彼女持ちばかりだった。小学校低学年の時には担任の教師に恋をし、同じく高学年の時は毎朝すれ違うサラリーマンの男性に憧れ、中学の時には部活の部長、高校の時はやはり部活の先輩に心惹かれた。が、全員、既婚者であったり彼女がいたりしたのだった。


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