美味と魂胆

 決して口には出さなかったが彼はそう思い、続けてハンバーグを口にした。ファミレスなどのハンバーグでも当たり外れがあるが、それで言えばこれは間違いなく当たりの方だった。下手な店のそれよりは間違いなく美味い。と言うか、織姫が作るハンバーグよりは間違いなく美味かった。これを、この無愛想な女が作ったというのか?

 織姫も、時間がなくてついつい手抜きをしてしまうだけで、決して料理が下手という訳ではない。ただ、その辺りの姿勢が味の違いに表れてるのだと言われれば、なるほどと思わされる程度の差はあった。沙奈子のハンバーグは、とても丁寧に作られているのが分かった。

 実際に食べてみてもまだ半信半疑ではあったが、このハンバーグが美味いというのは確かに事実だ。その所為か、結人もしっかり完食していたのだった。ただし、添えられていた野菜には一切手を付けなかった。彼は偏食が激しいタイプだったのだ。とにかく肉が好きで、野菜はあまり食べない。特に、椎茸だけは絶対に口にしなかった。細かく刻んで入れられたりしたら、たとえどんなに腹が減っていてもその料理自体を食べなかった。

 理由は特にない。アレルギーもない。単に嫌いなだけだ。よくある子供舌というやつなのだろうが、それが彼の元々の強情さや頑迷さと結びついて強硬に拒んでいるだけである。

 そんな結人でも美味いと思うのだから、沙奈子のハンバーグは本当に美味いのだろう。

 そして、ハンバーグを完食した結人に、織姫が告げた。

「結人、四月からはこの沙奈子ちゃんと同じ学校だよ。沙奈子ちゃんも今度六年生だから、同じクラスになるかもね」

 その言葉に、結人は眉を寄せて不愉快そうな顔をした。同じ学校だろうということはもちろん察していたものの、同じ学年でしかも同じクラスになるかもしれないということは、その為にあらかじめ馴れ合わせようという魂胆だったということを感じてしまったのだ。

『ちっ…これだから大人ってやつは……』

 そういう思惑にいいように操られるのは業腹だ。だから余計に、

『愛想良くとかしてやらねー』

 と彼は思った。

 もっとも、この時の織姫もいたるも、そこまでは考えていなかったのだが。本当に単純に、顔馴染みが同じアパートに引っ越してきたからお近付きのしるしとして夕食を振舞っただけでしかない。沙奈子が愛想良く振る舞えるタイプの子じゃないことは百も承知なのだから、仲良くするというのも難しいことだと分かっていた。あと、お互いの家庭の状況を把握しておきたいというのもあった。

『…寂しい部屋だな…私も人のこと言えないけど……』

 織姫も、あらかじめ話には聞いていたが実際の山下家の状況に触れると、さすがに戸惑いも感じずにはいられなかったのだった。


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