義父と養女

 だが、そんな少女に対しても結人は面倒臭そうなふてぶてしい態度を変えることなく、無視するように視線を逸らしてしまう。

「もう、またそんな顔する。ちゃんとご挨拶しなきゃダメでしょ、結人」

 不遜な姿を見せる結人に対して織姫はぷうと頬を膨らまし、彼を諫めた。しかしそんな彼女に対して山下やましたいたるはやはりあの穏やかな表情を変えることなく静かに語り掛けてくる。

「ああ、いいよいいよ。気にしてないから。愛想良く出来ないのはうちの沙奈子も同じだし。事情は分かるつもりだよ」

 そう、彼は、織姫と結人がどういう事情で一緒にいるのかということを知っていたのである。いや、知っていたからこそ、前の学校にいられなくなった結人を、自分の娘である沙奈子が通う小学校に転入させることを勧めたのであった。なにしろ、自分と娘の関係も、織姫と結人のそれに似たものだったのだから。

 山下達と、山下沙奈子は、実の親子ではない。本当は叔父と姪という関係だった。だが姪の沙奈子が実の父親に叔父のところに置き去りにされたことで、彼が父親代わりとして少女を養育しているということである。

 一方の織姫と結人は、全く血縁関係にはない、本当にただの赤の他人である。ただ、織姫と結人の実母が中学の頃に友人だったというだけでしかない。それが、当時、織姫の住んでいたマンションの別の部屋を訪ねてきて、そこに当てにしていた親戚が既に住んでいなかったことで追い詰められた結人の実母が彼と無理心中を図ったところにたまたま織姫が帰宅してきて凶行を防ぎ、そして結人とその母親が織姫の部屋に転がり込むように同居するようになり、だがある日、母親が行先も告げずに行方をくらましたことで、なし崩し的に二人は一緒に暮らすことになったのだった。そういう意味では、よく似た境遇なのだと言えるだろう。

 その鷲崎織姫と山下達が、昨年、偶然にも再会を果たし、お互いに似たような境遇であることを知って連絡を取り合うようになり、終業式直前、結人が学校である事件を起こしたことで転校を余儀なくされたところに、『だったらいい学校がある』と山下達が話を持ち掛けてくれたことで、ちょうど空き部屋だった七号室への入居と、沙奈子が通う小学校への転入を決めてこうしてやってきたというのが経緯だった。

 故に互いに子供の事情が分かることで、目くじらを立てる必要がないということなのだ。

 だが、それは良かったのだが、挨拶の後、織姫は自分の部屋に戻る途中、

『せっかく先輩と再会できたのに結婚してるんだもんな~』

 と、落ち込んだりもしていたのだった。


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