新居と挨拶
織姫と結人の部屋は二階の七号室である。鍵を開けて部屋に入ると、そこは味も素っ気もないシンプルな部屋だった。女性の部屋とは思えないくらいに飾り気がなかった。パソコンとスキャナ一体型のプリンターが置かれたパソコンデスクと椅子とテーブルの外には、小さな本棚とテレビがあるだけの、玄関から部屋のほぼ全部が見渡せてしまういかにもなワンルームだ。キッチンも決して大きくなく、コンロは一口しかない。しかもユニットバスの風呂場も玄関を開ければ丸見えで脱衣所もない。ここに、四月から小学六年生になる結人と二人で住むというのは、普通の感覚からするとどうかと思われた。
だが、織姫自身はそういうのは平気だった。なにしろ結人のことを男性とは見ていないし、自分が女性であるということもそれほど拘ってもいない。良く言えば大らか。悪く言えばいささか天然が過ぎるのが、彼女、鷲崎織姫という女性であった。それに、先にも言ったがここには彼女の知り合いが住んでいて、それが何より心強かったのだ。
荷物を部屋に降ろし、織姫はさっそく結人を連れてまた外に出た。
「ちょっとご挨拶するからね」
そう言った織姫だったが、結人は明らかに不満顔だった。見ず知らずの他人に挨拶など、面倒臭くてやってられないという態度がありありと見えていた。それでも織姫は結人を伴って階段を下り、一階の一号室へとやってきた。躊躇することなくチャイムを押し、応答を待つ。
するとドアの向こうに人の気配があり、それから静かに開けられた。そこに現れたのは、三十になるかならないかくらいの、穏やかな表情をした痩身の男性だった。その男性を見るなり、織姫は大きく頭を下げる。
「こんにちは、先輩! 結人を連れて改めて挨拶に伺いました!」
明るい表情ではきはきという彼女に、その男性は少し気圧されたように少々苦笑いを浮かべながら、
「わざわざありがとう。鷲崎さん」
と応えた。そして結人の方を見てフッと柔らかい表情を浮かべて言った。
「君が結人くんだね。初めまして。僕は鷲崎さんと同じ大学に通ってた
山下達と名乗った男性の脇に、いつの間にか一人の少女が立っていた。さらりとした黒髪を胸の辺りで切り揃え、真っ直ぐにこちらを見詰めてくる沙奈子と呼ばれたその少女は、まるで人形のように無表情ながら、しかし父親とどこか似た雰囲気の柔らかさも併せ持った不思議な印象を見る者に抱かせたのだった。
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