第五章 求めてやまない

1.※



 おれはこの後、ものっっすごく後悔することになる。奴の本気を全身で体感させられて心身ともに打ちのめされてしまったからだ。


(おれが甘かった。完全に騙された。……ていうか、自分自身を呪いたくなるわ)


 奴は最初しっかり冷静だった。

 起きた直前のディープキスからするとかなり性急な行為になるかと思ったけど、奴の手は優しくておれの身体を気遣いながら進めてくれた。


(ある意味、じっくり味わわれてる気もするけど……)


 ゆっくりと少しずつ深くなっていくキスは全然苦しくなかった。

 最初は角度を変えながらお互いに唇を食んで、その度に小さく吸いつく音が鳴る。啄ばむって表現は正しいなと思いながら遊んでる気分で楽しんだ。それからは奴が舌を使って唇はもちろん、歯を舐めてきたりその奥に入り込んで上顎や口腔内を探り始めた。さらにおれの舌を突ついたり舐めたりする。

 だんだんと気持ちよくなってきて吐息が漏れ始めた。唾液も絡まってちゅくちゅくと水音を立てる。その音に煽られて互いの吐息がどんどん深くなった。

 おれは堪らず奴の髪を掻き混ぜ首筋に手を這わす。すると奴の肩が少し跳ねた気がした。


「……リン、気持ちいい?」

「いいよ……おまえは、レオン」

「気持ちいいよ。もっとする?」

「うん。けど他も触って」


 さっきから脇腹から腰にかけて疼くような痺れが走っていて、それが熱を帯びて下半身へと溜まっていくのがわかる。すでに身体はこいつを欲している。


「嬉しいな。君から誘ってくれるなんて。オレも君を触りたくて仕方ないんだ。さっきからその艶っぽい表情に煽られっぱなしでさ」

「そりゃよかった。おれだけじゃなくて」


 おれは奴の首元からリボンタイを引き抜いてシャツのボタンを外していく。肌けたところから手を差し入れてその肌に触れた。肩は少し冷たかったけど、胸へ近づくと熱が伝わり始めて鼓動も感じる。奴も同じようにおれのシャツを、こいつの場合は手際がいいのか勢いがいいのか、ズボンのボタンも外されてて中に入れていたシャツを引っ張り出しボタンを全部外して、あっというまに上半身が曝け出されていた。


「リン、ちょっとここからはオレに優先させて。もう我慢の限界」

「え? あ、んんっ」


 首筋や鎖骨に唇が這わされ、胸や脇腹を撫でられたり揉まれたりして身体中がどんどん熱を帯びていく。鼓動が早くなって胸の突起を弄られる度に身体がびくついて喘ぎ声が上がってしまう。思わず手の甲で口元を覆うと耳たぶを噛まれた。そのまま囁かれる。


「気にしなくていい。オレ以外誰も聞いてないんだから」


 そっと手を除けられると唇を塞がれる。

 舌を絡めている間も奴の手は腰の辺りをさまよい、気づけばズボンは摺り下ろされ下着の中へと滑り込んでいる。中心に触れられて腰がびくりと跳ね上がった。

 奴は唇を離してくれなくて喘ぎ声も呑み込まれてしまう。くぐもった吐息を漏らしながら、中心を攻める手の動きにシーツを蹴りつけながら耐える。


(他人に触られるのって感じ方が予測できないから、なんか焦る。高めていく加減が向こう次第だから、すごく、変な感覚っ)


 相手のペースに呑まれないようになんて、少しは冷静に状況を把握してみたものの、中心の昂ぶりは自分の知らない感覚を呼び起こされて快感が波のように次々襲ってくる。

 キスに集中できなくて唇を離してしまう。途端に声が出て止まらなくなる。


「あっ、は、んぁ、あんっ、あっ、レオ、もう」


 おれは奴の頭を引き寄せて懇願した。


「いく?」


 おれが頷くと、「わかった」とおれのこめかみにキスしてから手の動きを速めた。


「ああっ、んん、あっ――」


 突き抜ける快感に弛緩しながら欲望を吐き出した。腰や腹に精液が滴り落ちるのがわかる。たぶん奴の身体にも飛び散ったに違いない。


「ごめん……おまえの身体、汚した……」


 息を整えながらも快感の余韻で気だるげに見上げると、奴が悪戯っぽい顔で頬を撫でた。


「何言ってるの。そんなこと言ってたら、お互いこれからどれだけ汚れるかしれないよ?」


 言うなり嫣然と笑むから、おれは思わず腰が引けそうになった。


(まだまだ序の口ってか……)


 まったくもってそのとおりだった。

 着ていた物はいつのまにか全部取り去られて、奴は立て続けに二度もおれを昂ぶらせ、いい加減自分も抜けよと、奴のモノに手を伸ばそうとしたが却下された。


「心配しなくても、君の身体で存分に抜かせてもらうから、ね」


(こんなときに純真無垢なふんわり笑顔はやめろ~)


 その笑顔の下で、他人の尻の穴を弄りまくってるなんて詐欺だ。まんまと騙されてるおれは後戻りできやしない。

 うつ伏せになって尻を抱えられ指が一本二本と増やされて、ゆっくり抜き差しされながら中を掻き回される。もう片方の手で前を握られて、こちらもゆるゆると扱かれ先端を親指の腹で捏ねられる。緩慢な快感に襲われながら、奴を受け入れるために準備されていく過程が気持ちよくもあり、焦らされている気分にもなって頭の中が飽和状態になっていた。


(だめだ……頭が変になる……早く……)


「レオン……もう、いいから……」

「リン? もう少し我慢して。ここちゃんとほぐさないと最初は痛いだろうから」


 奴が背中に圧し掛かって耳元で囁く。その時に太腿に奴の昂りが当たった。その大きくて硬い感触に全身が火照ってくるのがわかる。


(こいつ、めちゃくちゃ我慢してるんじゃ……)


 どうしよう困ったと思いながら、これ以上我慢させたくない気持ちもあって、おれは自分から動くことにした。前を握っている奴の手に自分の手を添えて動かす。


「後ろ、指、増やせよ」

「リン……」

「早く、おまえの、入れろ、んっ」

「可愛いくせに、男前なんだから」

「おまえ、が、遠慮、して、る、からだ」


 もう言葉にならない。前を扱く動きが早くなって快感が増していく中で、後ろの挿入も三本の指が中の肉壁を擦り上げながら激しく抜き差しを繰り返している。その動きに合わせて腰が自然と揺らぎ始める。

 荒い息を吐き出していると、首筋にかかる奴の呼吸も早くなっているのがわかる。


「リン……いっていいよ」

「んんっ、はっ、あ、ああっ」


 達した途端、後ろの指も一気に抜かれ、別の感覚が脊髄を貫く。


「レオン……」


 震える足を必死に踏ん張って腰を高く保ち続ける。そっと後ろを見れば奴が前を寛げて自分の昂りに手を添えている。


「入れるよ」

「うん……」


 尻を撫でられて、掴まれて、入口を広げられて、指で一度縁を擦られてから、さっきまで入っていた指三本とは比べ物にならないくらい太くて硬いものが当たった時、その熱量に心臓が大きく跳ね上がった。


(熱い―――!)


「んっ、あ、あああっっ」


 めり込む痛みに、無理だ入らない!と喘いだが、みしみしと少しずつ入っていく感覚が強い痛みに混じって、なのに安堵感を生み出していく。入ってくれないとレオンがいけないのは困る。背中に奴の苦しそうな息遣いが伝わってくるから、どうにかしたいけど痛みと圧迫感に耐えるのに必死で何も考えられない。

 すると奴がおれの背中に唇を落としながら言った。


「リン、リン、大丈夫。今、楽にしてあげる」

「はあ、はあ、どういう、こと?」


 苦しさで奴を振り返れなくて荒く息を繰り返していると、腰を撫でられた次の瞬間、チクッと鋭い痛みが走った。


「なに? 今の……」


 するとたちまち全身に痺れが走って肌が粟立つように敏感になった。

 触られていないのに胸の尖りがじんじんと痛む。下腹部がまた熱を持ち始めて昂りが増していく。身体中を苛むこの感覚が何なのかわからなくてシーツを握り締めながら悶えることしかできない。


(なにこれ、変だ……熱くて苦しい)


「レオン……なにこれ……どう、な」


 身体を支えきれなくて崩れ落ちそうになるのを奴が抱きとめた。腰をしっかり固定されたと同時にまだ半分も入りきってなかった奴のモノが一気に根元まで突き入れられた。


「ああっ!」


 衝撃で声が出たが、痛みをほとんど感じない代わりに震えるほどの快感が全身を貫いた。

 おれの背中に覆い被さった奴が甘く鼻にかかった息を吐きながら囁く。


「リン、気分はどう? まだ痛い?」


 おれは訳がわからない感覚に襲われて涙が滲む目で奴の姿を探す。震えが止まらない。怖いとか苦しいとかじゃなくて、この感覚は快楽を感じているのではないか。


「なに、したんだよ? 変だ……痛かったのに、すごい、良すぎる」


 すると奴は爆弾発言をしてくれた。


「ごめん。腰、咬んじゃった。媚薬をね、注いだんだ」

「へ? 媚薬?」

「痛すぎるのはつらいから。この状態なら気持ちよくなるよ」

「お、おまえ……」


 何てことをしてくれたんだ……。ちゃっかりヴァンパイアの特性を利用するなんて。

 最初はゆっくりと揺さぶるだけだったのが、引き抜いては突き入れる律動を繰り返し始めた。おれの中を慣らすように、それから何かを探るように動く。中を出入りする動きが気持ち良くて呼吸を合わせてより感じようとする。もっと、もっと快感がほしい。触ってほしい疼きがもっと先にあるのに。


「……はやく、見つけ、て、はっ、ん、もっと、おく」

「待ってて、たぶん、ここ……」

「あっ」

「当たりだね。んっ」


 入口まで引き抜いたかと思うと一息に勢いよく突かれた。おれは声にならない叫び声を上げた。脊髄から脳髄までピリリと鋭い感覚が走る。硬くそそり立っていた自分のモノがその衝撃で達してしまう。だが余韻に浸る間もなく、奴も限界が来ているのか律動がどんどん速くなる。激しく穿たれる。どうやって呼吸をすればいいかわからなくなって、ためらいもなく声を上げながら快感を受け止めた。


(なんだこれ、たまんない、すごい気持ちいい。もっと、もっと動いて!)


 おれの中の奴のモノがぴくぴくと脈打っているのがわかる。限界まで怒張している。たまらず叫んだ。


「奥突いて! レオンッ」

「リン――!」


 奴はまた立ち上がっていたおれを擦り上げながら、グッとめいっぱい突き入れた。同時に吐き出し一緒に達したことに安堵しながら、おれは激しく呼吸を繰り返した。腰はまだがっちりと押さえられて奴が小さく呻きながらすべてをおれの中へ吐き出している。くぷくぷと接合面から溢れているのがわかる。太腿を伝って流れていくのまでわかるのに不思議と落ちついている自分に気づいた。


(全部、中に出されちゃったか……けど、意外と平気みたいだな、おれ)


「大丈夫? リン」


 言いながら奴はゆっくりと抜いた。その感覚にまた快感を呼び起こされて、腰を解放された途端、ベッドに横倒しになって疼く身体を抱き締める。


「なあ……この媚薬って、いつまで効果あんの?」


 奴を横目で見上げて言外に誘いをかける。だってこんな火をつけられた身体を一度だけで宥められない。責任は取ってもらわないと。

 おれの内心の言葉が聞こえでもしたのか、奴は髪を掻き上げながら舌舐めずりをした。気のせいか瞳が赤く色づいている?


「ちゃんと効果が切れるまで奉仕するからね。ああ、眼の色は気にしないで。興奮するとどうしても変わっちゃうんだ。性的欲求もヴァンパイアの性質だから」


 それからというもの、おれは何度も奴に責め立てられ、煽られ、追いつめられ、散々泣かされて、それでもなかなか疼きは収まらず、体力の限界が来ても奴にしがみつきっぱなしだった。


「もう、だめ、レオ、ンっ、あっ、また、いく――!」

「いって、何度でも。ずっと、離さないから」


 奴の動きは全然止まらなかった。もう前も後ろもぐしょぐしょで乱れたシーツの上でおれたちは絶え間なく絡み合っていた。

 気づけば外は真っ暗になってる。いつのまにか窓は閉まっていて、部屋の隅に蝋燭の火が灯っただけの静かな空間でおれたちの乱れた息遣いと喘ぎ声だけが響いていた。

 一体どれほど抱き合っていたのか。媚薬による身体の欲求はひたすら奴を求め続けていたけど、頭の中は少しずつ熱の海から浮上していた。

 ずっと奴の表情を見る余裕がなかったのだが、ようやく見えてきた。

 今もおれの足を抱えて腰を揺らしている。荒い息を吐く中で痛みなのか快感なのかを堪えるように眉根を寄せている。さらさらの金髪が汗でしっとりと濡れていて額や頬に貼りついていた。おれは手を伸ばして頬にかかる髪を掬い取った。


「リン?」


 伏せられていた眼がおれを見る。怖かったはずの真紅の瞳が濡れていて暗がりでもきらきらと映えて綺麗だった。この眼には乱れまくっているおれがどんなふうに映っているのだろう。ちょっと恥ずかしくなった。


「おまえさ……おれを淫乱にする気?」

「えっ?」


 驚いた奴は動きを止めた。何やら口中でもごもご言いながら赤くなっている。


「そんなつもりはなかったんだけど……いや、でもある意味予想どおりっていうか、見事に開眼してくれて嬉しいっていうか、その」

「……おまえ、なに言ってんの?」


 おれは呆れたが、とにかくもう最後まで付き合うしか明日は来ないわけで。


「あとでちゃんと説明しろよ」


 言うなり、奴の腰に両足を絡めて腕を首の後ろに回して引き寄せる。耳に吐息を吹きかけながら囁いた。


「レオン、好き。大好きだ……」


 奴の身体が熱を帯びて繋がった中心が圧迫していくのを感じながら、おれは次に来る快感の波を待ちわびた。

 愛しい人を腕の中に包んだ幸せに浸りながら。





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