6.
告白なんか、いつ振りだろう?
普通は緊張するものだろうに、自然にするっと口にしてしまった。
それに言わなきゃ、こいつはおれのことを勘違いしたまま人間に戻そうとするかもしれないしな。
結果的にこいつのこんな顔が見られて嬉しいし。
おれの告白を聞いた奴は、まん丸に眼を見開いて驚いたかと思うと、じわじわと頬を赤らめた。少し俯いて照れ笑いを浮かべている。
何て答えようか、ものすごく考えている感じだ。
言葉なんか探さなくていいのに。
おまえが嬉しいと思ってくれていることは、その笑顔で充分わかるんだから。
「……身体が元に戻ったとしても無理に向こうに戻んなくてもいいって思ってさ。それより違う世界で住むもの同士がどうやって一緒にいられるか考えたいんだよ。おまえがおれのために無茶しないようにさ。それだけは約束してくれない?」
奴は俯いたまま黙っている。
まだ視線を合わせようとしない。
おれの首に触れていた奴の手は、とっくに離れているし。
つまらんと思っていたら、ようやく動いた。
奴が顔をあげて、落ちつかなげに瞬きを繰り返したりしているけど、表情がやわらかくなっていた。
おれも自然と顔がほころんだ。
すると、そのまま奴の顔が近づいてきたかと思えば、両側から頭を押さえられ額にあたたかな感触が伝わってきた。
離れた後に吐息が当たり、おでこにキスされたのだとわかった。
「また刻印を増やしちゃった」
奴がはにかんで言う。
「え? おでこのキスも刻印になるんだっけ? 前にもやったことあるだろ」
おれは思わず額に触れた。首筋と同様に花模様が浮かび上がっているのだろうか。
「何も色や模様は出ないよ。額の刻印は“誓約”のしるし。そのつもりで気持ちを込めた」
意味深な言葉を聞いて、おれはパチパチと瞬きをした。まさか、そういう意味?
「えっと、じゃおれってやっぱり花嫁? 結婚の誓いをしたってことなのか? けどそれって一応、神様の前で誓わなくてもいいもん? あと見届け人とか、そんなのは、あ! そこにカラスもどきがいたか。ならカラスもどきが見届け人でいいか」
「オイコラ! 人を勝手にそんな誓約の承認なんかにすんな!」
「嬉しいな。君もその気になってくれて」
まったく正反対の反応を返す二人に思わず笑ってしまう。
幸せオーラを放っているおれたちにカラスもどきは苦い顔で唸っている。
「何だってここにきて気持ちを確認しあうんですか。はっきり言いますけど、あなた方二人の未来に相手が隣にいるなんてことは決してない。世界が違う者同士、ひとときの邂逅以外に求めることはできないんです。必ず別れがくる。百日と言ったのはあながち嘘ではないんです。それならせめて悲しみが少しでも和らぐほうがいいと思いませんか? 無理矢理引き裂かれるより、いい思い出として残るように互いの世界で幸せになるのが一番だと思いませんか?」
カラスもどきは真剣に訴えている。
彼がおれたちにとって何が一番いい選択かをちゃんと考えてくれているのがよくわかった。
「カラスもどきって、いいヤツだよなぁ。うん、おまえだったら花嫁になってやってもいいかな。顔も好みだし」
半ば冗談で言ってみたのに本気と受け取ったのか、奴の視線に気づいてギョッとした。
ものっすごい恨めしげな目をしているではないか。
「浮気者」
氷点下のごとく冷たい声音だ。
「結婚を誓い合って早々、不倫する気なの?」
おれは怯みそうになったが、何とか冷静に反論してみせた。
「な、なんだよ。おまえの出方次第だぞ? おまえが無茶なことするようなら、おれはあいつの花嫁になるの選ぶからな。イヤだったらなにする気なのか話せよ。おれが納得することだったら許してやる」
「まるで何もかもオレのせいみたいな言い方だね」
「そのとおりだろ。そもそもの発端からしておまえが招いたことだろうが。けど、だからって自分で全部責任被って解決しようなんて、それは間違ってるだろ。今となってはもうおまえだけの問題じゃない。……おれのこと思うなら、自分も幸せになることを考えろよ」
おれは真顔で碧い瞳の揺らぐさまを見つめた。
奴が少しだけ眉を引き絞る。
きっとこいつはたくさん考えて、考え抜いたのだろうと思う。
おれが元の姿に戻り、こいつと出会う前の頃と変わらぬ日常を送れるようにするのだと。
そして可能性も考えたはずだ。
変わらぬ日常の中に、自分が存在することができないかと。
おれはふっと笑みを漏らした。
気づいた奴が首を傾げる。
「けど、おまえさ。おれのこと好きだもんな? めちゃくちゃ惚れちゃってるんだもんな?」
すると奴は口を半開きにして固まった。そして次にはパクパクと魚みたいに開閉を始める。
「な、に、その自信過剰な発言は」
「なにって、ほんとのことだろ、なぁ?」
おれは悪戯っぽく笑ってみせる。
そうして、そっと奴の頭を両手で引き寄せ、金色の髪の隙間から額にキスをした。
「お返し。これで誓い合ったことになるだろ」
得意げに言ってやると、奴は指を額に持っていき、ふわりと微笑んだ。
「……敵わないなぁ」
「あたりまえだ。おれだって愛する者のためならいくらでも強くなれんだよ。強くなって、おまえのこと守ってやるから」
「うん」
「幸せになろうな」
「うん。幸せになろう」
そうして、おれたちは笑い合った。
晴れ晴れとした気分で。清々しい気持ちで。
お互いの気持ちに確信が持てたところだったのだが、まさかの事態が起こった。次に発した奴の言葉に、おれもカラスもどきも、使役のロイドくんまでが、ずっこけそうになるとは思いもしなかった。
奴は嬉々とした笑顔でカラスもどきを振り返るなり、こう告げた。
「よし! じゃ早くオレを殺せ!」
耳を疑った。
こいつは完璧に部屋の空気と、おれやカラスもどきの頭を凍結させた。
一体なにを口走ったのか、言葉を呑み込むまでどのくらいの時が経ったかしれない。
気づけば、おれは叫んでいた。
「おまえ、バカだろっ!?」
おれの告白は、まったく意味を為さなかったのだろうか。
一緒に幸せになろうと誓った言葉は嘘じゃなかったはず。
おれもあいつも本気だった。
それなのに、この展開はどういう訳だ?
あいつの中では勝算があっての行動なのだろうか。
おれとあいつが、この先の未来もお互いの傍で笑い合って生きていくための方法だというのか。
これが、本当に?
おれは眼の前で繰り広げられている死闘……死闘と呼んでいいんだよな。生き死にがかかっているんだから。
奴とカラスもどきが何故だか剣を打ち振るい合っている光景を、整理のつかぬ頭を抱えてぼんやり見つめていた。
「おまえ、バカだろっ!?」
あの時、あまりにすっとんきょうな言葉を聞いたから、おれの声が変に上擦ってしまったじゃないか。
それにすごい形相をしていたのだろう。
奴は気圧されてオタオタしはじめた。
「いや、あの、言葉は悪いけど。実際そのとおりのことをするわけだけど。でも全然、その、言葉どおりになるわけじゃなくてね」
「おまえ言ってることが、しどろもどろだぞ。実際そのとおりのことしたら、ほんとにそうなるんじゃねえのか。殺せってことは、死んでしまうんだろうが」
訳のわからない言い訳にイライラする。
そのせいで語尾が強まったことに奴はますます焦った顔をした。
「いやだから、怒んないでちゃんと聞いて」
「聞いてる、さっきから。けど舌の根も乾かんうちにおかしなこと言いだすからイライラしてんだよ。さっさとわかるように説明したら怒らねえよ」
「説明するからぁ。怒るなって~」
心底弱った顔をする奴に、おれは深い溜息をついて自分を落ち着かせた。
おれ自身、頭では冷静になろうとしているのだが、あまりにも衝撃が強すぎたのか苛立ちがおさまってくれない。
死ぬことが、どうして未来につながるんだろう。
また零れた溜息と一緒に俯き加減になったら視界を前髪が覆った。
銀髪が黒ずみはじめている。
その髪に触れた自分の手を見て、女のように色白だったのが黄色というか茶色というか透明度がなくなって自然な肌色になっていることに気づいた。
おれの身体は着実に元に戻ろうとしている。本来の姿に還ろうとしている。
このまま行けば自然と完了するんだろう?
こいつが死ぬ理由なんてないんじゃないのか?
おれは奴の前に手を突き出した。
「ほら、見ろ。おれの色素だんだんと戻ってきてる。薬が効いてちゃんと元どおりになろうとしてんじゃん。だったらもうそれでおしまいだろ? おまえが死ぬ必要がどこにあるんだよ」
すると奴はおれの手を握って指の腹で撫でる。
「うん。だんだん戻ってきたね。髪も黒っぽくなってきた。綺麗な銀髪だったのに、ちょっと残念だな。でも黒髪のほうが好きだし、元に戻るの楽しみだな」
言いながら髪に手を伸ばしてきたので、おれは顔をしかめて避けた。触れることで宥めようとしてるつもりか。握られていた手も取り戻して腕組みをする。
ふてくされたように睨んできても知るか。
奴は溜息をつくと自分も腕組みをして、やっと話し始めた。
「このまま数時間後ぐらいに君は元の姿に戻ることになる。ということは君の中に存在していたオレの血がすべて消え去るわけなんだけど、その瞬間にオレは君の所有権を失うんだ」
「そういうことだろうな」
おれが当然とばかりに頷くと、奴は複雑な表情になった。
(なんでこうもおれらの気持ちは行ったり来たりしてるんだよ。お互いのこと考えてるはずのに上手く噛み合わねえ)
ついさっき結婚の誓いをやったばかりだというのに、所有権を失ったところで何を落胆する必要があるんだか。
(……結婚って。完璧に毒されたなおれ。ま、いいけど)
おれが自分で自分にツッコミを入れていると、奴が今度は神妙な顔をしている。
「オレの所有権から解き放たれると君はまたヴァンパイアの最高の食材として狙われることになる……というわけじゃないけど」
おれは眉間に深いシワが刻まれたのを感じた。
こいつ、まさかおれの反応で遊んでる?
一瞬、そういうことかと愕然としちゃったじゃないか。
でも確かにこいつの所有権から解放されたら最高級の餌であるおれは当然襲われるはめになるんじゃ……。
おれが考え込んでしまっていると、奴が慌てて否定してきた。
「大丈夫大丈夫。もう襲われることはないから。そのために調合した薬は食事の対象にならないように血液を守る働きもあるんだ」
「ほんとに? そんなことできるのか?」
「できます」
「へぇ」
おれは本気で感心した。
「で? それとおまえが死ぬこととどう関係あんの?」
「言ったでしょ。オレは二つ好きなものがあったとしたら両方を手に入れようとするって」
「うん。言ってたな」
「つまり君の幸せを手に入れて、自分も一緒に幸せになるってこと。さっき君が言ったとおり自分が幸せになってこそ相手を幸せにできるんだってオレもそう思ってるから。だからオレね、この先の未来も君と一緒にいるために人間になるんだ」
「へぇ、人間に……。は? 人間になる!?」
おれは、あんぐりと口を開け放して固まった。
(おれ、こいつの発想には時々ついていけねえや……)
まさに爆弾発言を投下してくれたのだった。
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