第29話

「あら、これだったのね」


 塗りながら、アンジェラは呟く。


「何?」


 首が変にずれないように固定していたジャックは、その小さな呟きを拾った。周囲を警戒しつつ、薬品を塗るその姿を少し眺めていた。


「貴方からする匂いの正体よ。香水や薬じゃないから、一体何の匂いだったのかが気になってたの」


 こんな目にあったけれど思いがけない収穫があったものね、と、アンジェラは少し嬉しそうだった。


「そんなにする?……臭いは消してたつもりだったけど」


 困った風のジャックに、彼女はなんでもないように答える。


「こうも長く貴方と一緒にいれば、さすがに分かるわよ」



×



「そういえば、さっきは随分と派手にやってくれたじゃないの。マホドーラ史上の盛り上がりだったみたいよ」


 癒着剤がきちんと乾いたか触れて確認し、大丈夫そうだと判断したアンジェラは「今回の祭りの大賞は貴方ね」と、くすくす笑いながら立ち上がる。


「……凄く、虫の居所が悪かったんだよ」


気まずそうな様子で、ジャックも立ち上がった。


「おかげで物凄い視聴率を取れたわ。私の中で最高に限りなく近い注目度よ」


でも、もっと注目してほしいのよね、とアンジェラは思案する様に呟く。


「……送ろうか?」


少しふらつく様子を見て、そう訊く彼に


「悪いけど、私にはまだ仕事が残ってるの。急いで仕上げなきゃいけないんだから。……じゃあね、ジャック」


そう答え、アンジェラはジャックの元を去った。



×



「ふふ、最後に面白いものが見られたわね」


 アンジェラは速度を緩め、ゆっくり歩く。なんだか

 視界が霞んできた。体液が身体から流れ過ぎたのかもしれない。「珍しいもの」というものは彼の顔のことではあるが、


「……あんな顔するなんて、初めて見たもの」


 それは、心配している表情のことだった。


 確かに長い間共に居て、ジャックの素顔を見たのは初めてだった。初めて会った頃皮を被る前は、彼は正しく『案山子』のような様子で、深く被った大きな帽子と顔に巻かれた布で到底顔は見えそうにない状態だった。


 当時、顔が気になるから、と無理に見ようとした時は彼の仕込銃で命を取られかけたし、次に会った時には既にあの皮を被った姿になっていた。それでも、素顔のことより、その表情の方が気になった。


「……最後、な訳無いでしょう?」


 もっと私に注目してもらいたいんだから、とアンジェラは闇に沈む街に向け歩き出す。

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