第6話② ハジメテノ:Rose

〜前回のあらすじ〜

ロイの希望で2人で出かけることとなったローズは、彼の街を歩きまわり、今までにない新たな光景を目にする。しかし突然、彼らの平穏を破壊する爆撃音が聞こえたのであった。



「お姉ちゃん、どうなってるの…?何で爆発が…」

ロイは動揺しきっていた。手は震え、息は荒かった。

動揺しているのはローズも同じであった。「侵略者」たちが、かつて一度も来なかったというこの街。だが、唐突な襲来。そして、待ったなしの破壊行為。何よりも、彼女にとっては昨日の出来事である故郷の崩壊と、現在行われている破壊とが重なってしまった。

「なんで…?」

ローズの口から漏れる悲痛な疑問。だが、誰に問いかけようと、いくら問いかけようと、現状は何も変わらない。ローズははっとした。

(私がしっかりしなくちゃ…!)

動揺は抑えきれないが、現在ロイを安心させられるのは自分しかいない、そう思った。拳をぎゅと握り、手の震えを止めた。

まずは、ロイの家族の安否が重要だ。爆心地の正確な特定はできていないが、彼らと無関係という訳にはいかないだろう。

「ロイ君!」

ローズの呼びかけに、ロイはびくりとした。硬直したロイをそのままに、ローズは彼を抱き抱えると、そのまま宙に浮いた。

空を飛んだのだ。

「え…?」

ロイはまたしても困惑した。突然抱き抱えられたかと思えば、足が地から離れた。そして、今は空へと舞い上がっていた。突然に次ぐ突然であった。

「お姉ちゃん…?」

「ロイ君、説明はあと。今は急いでお家まで…!」

ローズは、ロイの家の位置を上空から確認する。

「…!ロイ君の家は無事よ!」

「!」

爆心地はロイの家からは少し離れた所であった。ロイの表情が少しだけ和らいだ。だが、まだ安心はできない。後方では、まだ爆撃音が聞こえるのだ。

「怖いかもしれないけど、我慢してね…!」

そしてローズは、ロイの家を目指して飛び出した。距離は大体1kmほどであった。

「!?」

急にローズが動き出し、それによってロイの体も空中を移動した。衛星写真のような街の光景が目に映り、そして通り過ぎていく。緊急事態ゆえにそれどころではないが、それとは別に、ローズのスピードは速めだった。勢いよくロイの顔に吹き付ける逆風に、彼は少し恐怖を覚えた。


出発から100秒ほど経つと、目的地の近くに着いた。ローズはそのまま地面に降り立つと、ロイの腕を掴んで走り出した。

「お父さんとお母さんの所へ!」

「うん!」

住宅街の道を走り抜け、ロイの家の近くまで来ていた。途中、多くの住人たちとすれ違ったが、みんな恐怖に顔を歪め、どこへともなく逃げ出していた。

「あそこ!」

ロイの指さした方向に、2人の人が見えた。ダニアとミリアだ。

「ロイ!」

ロイの姿を見たミリアは、一目散に走って向かってくる。ローズが彼の腕を放すと、彼の方もミリアに向かっていった。

「ママ…」

2人は抱き合った。互いに無事を確認できて何よりであった。

「本当に良かったよ。君たちが無事で…」

ダニアもホッとした顔で向かってきた。

「皆さん、ここは危険です。空から誰かが攻めてきたんです…!」

「何だって…?」

ダニアの顔が強張った。

「まさか、この街にも…!?」

ミリアの表情も、みるみるうちに青ざめていった。

「とにかく、ここから逃げましょう!」

「う、うん…。だが、一体どこへ…」

侵略者たちは、無作為に攻撃を仕掛けているようだった。果たして、逃げ場などあるのか。そんなことを考えていてもどうしようもないので、4人はその場から離れようとした。


しかし、そこに行く手を阻む障害が現れた。

「待ちなよ」

「!?」

4人が振り返ると、そこには黒ずくめの男が立っていた。頭にはフードを被っていて、不気味な雰囲気を醸し出している。

「君、さっき空を飛んでいただろ?」

男の視線は、ローズに向いていた。

「あなた、誰…?」

ローズは恐る恐る尋ねる。明らかに街の住人とは思われなかった。そして、彼女の頭には、この男が侵略者の1人であるという考えしか思い浮かばなかった。

「ん…?まあ、名乗る程の者じゃないけど、テルっていうんだ」

黒尽くめの男はそう名乗った。そんなことを聞いている訳じゃない。ローズはそう思ったが、相手を刺激しないために何も言わなかった。

「蒼い瞳に、グレーの髪…か。君がローズか?」

「!? 何で私のことを…?」

「まあ、どっちだって良いんだけどね」

テルはのローズことを知っているようだが、ローズはテルのことを知らない。この訳のわからない状況に、ローズは勿論のこと、後ろにいる3人も困惑していた。ロイに至っては酷く怯えていて、ミリアが抱きしめて必死に安心させようとしていた。

「あ、あなたは一体…?」

「凄く警戒されてるな。ま、当たり前か。あそこ爆破したの僕だしね」

「!」

テルは、自らが侵略者であることを語った。4人の表情は一気に陰りを帯びる。

「で、その後で君がこっちまで飛んできたワケだ。君も何らかの力を持っているってことだね」

「空を飛んだ…?」

ダニアには言っている意味が分からなかったが、それどころではなかった。

「何が目的なの…?」

「そりゃあ、街を破壊することだよ。でも、僕は他の皆とは少し変わっていてね。ただ壊すのも悪くないけど、ある程度は抵抗してくれないと、面白くないんだよねぇ」

他の皆、とは今も街を爆破している他の侵略者たちのことだろう。だが、テルの嗜好は、その「他の皆」と何ら変わらない悪質な物だ。ローズにとって、悪いニュースでしかない。

「じゃ、いくよー」

「!? 皆さん、はやく逃げてください!」

テルは後ろの3人のことなどお構いなしに、手を前に出す。そこから光の弾が生成され、ローズに向けて放たれた。

「あっ…!?」

ダニアも、ミリアもロイも、絶望しきった顔となっていた。

(このままじゃ皆が…!)

ローズは、光の弾に両手を差し出し、これを受け止めようとした。

「ローズさん!?」

ミリアが叫んだ。

「皆さん、今のうちに……!」

ローズは苦しい表情を浮かべ、歯を食いしばっていた。それでも、光弾をなんとか防いでいる。

「ぐぅぅ……!」

「皆、状況は分からないが、私たちは逃げなければならない!」

「そんな、お姉ちゃんを置いていくの!?」

ロイの問いかけに答える暇もなく、ダニアはロイの腕を引っ張って走り出した。

「ローズさん…。すまない!」

「ローズさん…!」

ダニアもミリアも、やりきれない表情だった。だが、ここは逃げるしかなかった。

「あー、行っちゃった。まあ、どうせ皆に殺されるし、いっか」

テルは、逃げる3人を気に留めてはいなかった。それよりも、今目の前で必死になっているローズに興味を抱いていた。

「粘るねぇ。ちょっと楽しくなってきたよ」

テルはニコニコしながらローズを眺めていた。

「うぅぅ……あっ!?」

ローズは光弾を上に持ち上げるようにして弾き、なんとか直撃は防いだ。それは上空で弾け飛び、ローズは改めてテルの方を向いた。

「はぁ…はぁ…。あなたは何で私のことを知っているの?」

「あぁ。まぁ、ある人に君の特徴を教えられていたっていうのかな」

「ある人?」

「僕たちも誰かは知らない。声だけしか聞いてないからね」

どこか気怠そうに答えるテル。その態度も相まって、それが事実であるかは怪しいものと感じられた。

「だから、君のこれまでの人生とか、そんなことは一切知らない。興味もない」

すると、テルは再び片手を前へと出した。

「!」

「今度はもっと強くいくよ」

再び光弾が放たれた。先程の物よりも一回りほど大きい。

ローズは、今度は腕を交差させ、完全防御の姿勢をとった。弾き飛ばすのは不可能と考えての行動であった。

「くぅぅ……!!」

光弾と触れると、力負けしそうになっていた。徐々に、徐々に後退していた。

「おー。頑張るねぇ」

それを見ていたテルは、満足していた。ローズは、自分が思っていたよりはタフであった。

「でも、それ爆発するよ?」

「!?」

テルがパチンと指を鳴らすと、光弾はより強く光り輝き、直後に爆発した。煙がもくもくと立ち上がり、周りの住宅の窓ガラスは粉々に吹き飛んでいた。

「さて、どうなってるかな?」

テルは、煙の中心に注目していた。やがて煙は晴れ、ローズの姿が明らかとなる。

「ぐっ…!」

ローズは両膝をついていた。死んではいなかったが、両腕からはかなりの血が流れている。全身にも傷がついていて、息を荒立てていた。

「あちゃー。ちょっとやりすぎたかな…」

テルの方はというと、少し残念そうな顔をして、頭を指でポリポリと掻いていた。

「はぁ…はぁ…。何で…?」

「ん?」

ローズはうつむきながらも、テルに問いかけた。

「何でこんなことを…?あなたたちは、何で罪もない人々を襲うの…?」

「んー…」

テルは少し考える仕草をしたあと、特に声色を変えることもなく返答する。

「楽しいから、かな?」

「……は?」

「いやまぁ、ここをぶっ壊せー、って命令はされてるんだけど、それが第一の理由じゃないな。一番はやっぱり楽しいからだね」

楽しいから、破壊する。楽しいから、人を殺す。至極単純な理由だが、それ故に最も残酷であるとも言える。

「じゃあ次ー」

ローズの戸惑いや苦痛にはお構いなしに、テルは右手を差し出し、彼の手に光が灯る。だが、今度は違った。ローズに向けたかと思った光弾を、全く違う方向、つまり住宅街に向けたのだ。

「何を…!?」

「見ての通りだよ」

そして、そのまま光弾を放とうとする。ローズは、何とか立ち上がり、テルの腕にまとわりついてこれを止めた。

傷ついた両腕には激痛が走り、顔を歪める。しかし、これ以上彼に破壊をさせる訳にはいかなかった。

「させない…!させないわ…!」

必死になっているのが分かる。片開きの蒼い目は、テルの顔を睨みつけている。

「いいねぇ…。その表情、中々良いよ」

ローズとは裏腹に、テルはニヤニヤとしていた。彼は、ローズを振りほどこうと右腕を大きく揺らしてみる。

「…!やめ…」

「ホラ、僕を止めないと街が滅茶苦茶になっちゃうよ?」

そうこうして取っ組み合いのようになっている内に、ついにテルから光弾が放たれてしまった。住宅の1軒にそれは触れて、他の数軒もまとめて爆発した。

「!?」

「残念、時間切れだよ」

テルには、ローズの青ざめた表情が心地よかった。上げて、落とす。抵抗からの脱力。これこそがテルの好む所であった。

「もっかいチャンスあげるから、今度は頑張ってよ」

今度は左手から光弾を放とうとしている。ローズは再びテルの腕を掴み、ガッチリとまとわりついた。テルが振りほどこうとしても、意地でも離そうとしない。

「やめて…!やめて!」

だが、ローズの悲痛な制止は意味をなさなかった。テルは押さえつけられている左手からではなく、自由な右手から光弾を放ち、またもや家は破壊された。

「な…!」

「誰も左手で撃つなんて言ってないよ?」

テルの邪な笑顔がローズに突き刺さる。自分はまた、何もできないのか。故郷も守ることはできず、この街までも…。

「さ、もう放してよ」

テルが左腕を強く動かすと、今度は簡単に引き剥がせた。ローズはうつむいたまま尻もちをつく。

「なんだ、もう諦めたの?もっと抵抗してきてよ」

テルは眉をひそめ、ローズを見下ろす。だが、彼女はやはりうつむいたまま、動かない。

「つまんないの」

テルは不満足げに頭を掻くと、ゆっくりと上空に浮かび始めた。

「…やめて」

「…」

「もうこんなことはやめて…」

「はいはい、僕を止めたいなら空まで飛んできな」

ローズの言葉になど聞く耳は持たず、ある程度の上空まで飛んだテルは、街の破壊を再開する。

1発、1発と光弾を放ち、街を爆破していく。この辺の住人は遠くへ逃げたのか。まだ残っている人はいるのか。もし残っていたのなら、その1発が彼らの命を奪っているかもしれない。そして、それはロイたちの命かもしれない…。

「やめて…」

ローズはゆっくりと立ち上がった。

「お、また向かってくるのかな?」

テルは立ち上がったローズを見て、また上機嫌となる。景気づけのためか、また数発の光弾を放ち、凄まじい爆発を引き起こした。


「やめてって言ってるでしょ!!!」

ローズの全霊の叫びが響き渡った。すると、彼女の右手が凄まじい光を放ち、輝いた。

「なんだ!?」

思わず目を覆う程の眩しさに、テルは驚愕した。ローズが右手を突き出すと、疾風の如き速さで光線が放たれた。

「ぐおっ…」

「……え?」

光線を放ったローズ自身が硬直していた。爆発的な力で放たれたそれは、テルの腹部を貫き、大きな風穴を空けていた。彼はそのまま糸が切れたように力が抜け、地上へ落下する。

テルは、鈍い音を立ててローズの目の前に落ちてきた。貫かれた腹部は見るも無惨で、おびただしい量の血が地面に飛び散っていた。

「ど………どうして……?」

彼女は、自身が何をやったのかを理解できていなかった。爆発した感情に身を任せたら、満身創痍のテルが目の前に倒れていた。いや、満身創痍どころではなく、既に死んでいた。

ローズは膝から崩れ落ちた。そして、そのまま動かなかった。動けなかった。目は大きく見開かれ、これ以上になく絶望した表情であった。

「何があったんだ?」

上空から男の声がした。男はテルと同じく黒尽くめで、彼の仲間の1人であった。光線が上に向けて放たれたのを見て、気になって来てみたのだ。

「ん…?なっ…!?」

男は、血まみれのテルの死体を見て開いた口が塞がらなかった。

「テル……お前……」

男の表情は徐々に悔しそうなものとなり、そしてそれは怒りへと変わった。

「女……お前が殺ったのか……!?」

男はローズに怒鳴りつけるが、ローズは青ざめたまま何も反応しない。それどころか、男が来たことにすら気づいていない様子だった。

「何だ!?」

他の仲間2人も、テルのもとへとやって来た。全員黒尽くめであった。

「テル…?」

「死んでる……のか……?」

2人の男たちも、テルの死体を見てやりきれない表情となっていた。

「この女が殺ったんだ…!」

「許せねぇ…。殺す!!」

男たちには仲間意識があったらしく、テルの敵討ちをせんと欲していた。そもそも、街を襲撃しておいて何を身勝手なことをなどと言う者はその場には誰一人としていなかった。

「私が……」

ローズは依然として硬直したままで、小さな声でブツブツと何かを言うだけであった。


「そこまでよ」

「何っ!?」

男たちがローズを殺そうとした瞬間、上空から1人の女が落下してきた。着地の直前、脚を回転させて男たちを蹴り飛ばす。

女は腰まである青い髪に、灰色の瞳をしていた。

「いてぇ……。何だお前は!?」

男たちは立ち上がると、女を睨みつけた。

「知る必要は無いわ」

すると女は、右手を前に出した。次に、右腕が水を纏い、右手に集中していくと形をなしていった。

そして、最後には鎌となった。水の鎌である。

「何だそれは…?」

男たちが女を用心して見ていると、次の瞬間には意識が消えた。女が、男たちの首を一瞬で斬り飛ばしたからだ。首のない体は、大量の血を吹き出すと共に力無く倒れた。



ローズはその間も硬直していたが、一連の女の動きだけははっきりと知覚していた。自分を襲おうとした男たちを、一瞬のうちに殺した。女は、ただ冷徹に鎌を振り、そこに動揺の欠片も見られなかった。

テルたちの侵攻から、そしてこの女のとの出会いから、彼女のこの世界での真の意味での歩みが始まるのであった。


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