第6話① 崩壊は突然であった:Rose

〜前回のあらすじ〜

ダニア一家の世話になることになったローズは、この世界でのはじめての夜を過ごした。翌日、ロイと街の案内も兼ねて散歩に出かけるのであった。


玄関を出ると、太陽の光が2人を照りつけた。今日は快晴で、美しい青空が広がっていた。

「凄く良い天気ね」

「そうだね」

昨晩の天気予報の通り、キラキラと陽の輝く、清々しい天気であった。季節は夏になりかけの頃で、日差しはそこそこ強い。だが、ロイは白いキャップを、ローズは茶色のハットを被っているので、眩しくはなかった。

2人はまず、近くの商店街へと向うことにした。そこまでの距離は、およそ300mで、家を出て右にまっすぐと進むと到着する。

ロイの家の周りは住宅地で、多くの家が立ち並んでいた。その多くが一軒家で、彼らの家の左右にも家が建っており、車道を挟んで前方にも家が建っていた。

「ロイ君のお友達も、この辺に住んでるの?」

「うーん…。この辺にはあんまりいないんだ。あそこにマンションが何軒か建ってるでしょ?」

ロイが指差した方向には、2,3軒のマンションが建っていた。ここからは少し離れているが、はっきりと見える。それぞれ、15階から20階建てといったところである。

「あそこには結構住んでるんだ。学校までも、あそこからの方が近いかな」

「そうなんだ」

2人が歩いている内にも、車道で車が何台も通り過ぎていた。ローズはそれを見て、自分のいた世界の光景と比較してみた。

(そこまで変わらないわね)

建造物や乗用車を見て、技術レベルにそこまでの差異が無いのは本当であった。

「ロイ君は、おいくつなんだっけ?」

「僕は8歳だよ。3年生なんだ」

「3年生?」

「うん、小学3年生」

「えーと…」

ローズにはよく分からなかったようだ。フィルン国は、6歳から12歳の子供は「小学校」に通うことになっている。

「そういうことだったのね。だから3年生なんだ」

「うん」

(8歳で3年生か。そこは、私の国とは違うのね)

学校制度については、フィルン国とクラン王国では違ったようだ。

それとは別に、ローズは住宅地の風景をどこか珍しげに見ていた。世界が違うことを抜きにしても、彼女にとっては、あまり馴染みのない物であるのか。

「お姉ちゃんは何歳?」

ロイはその様子には気づかなかったようで、次の話へと移っていた。

「私?私は22歳だよ」

「そうなんだ!」

そうこうしている内に、商店街までたどり着いた。車道を挟み、両サイドに多くの店が並んでいる。

「ここが商店街だよ。色んなお店があって、にぎやかなんだ」

ロイの言う通り、まだ午前10時ほどだというのにそれぞれの店には何人も人がいた。店の1つであるスーパーマーケットの前では、子連れの母親たちが談話している。

「中々良いところね」

ローズは、ここの雰囲気が気に入ったようだ。歩いていると、年季の入っていそうな飲食店や、本屋、小さい病院など、様々な施設が目に入る。

「お姉ちゃん、どこか行ってみたい所はある?」

「え?そうだなぁ…」

ローズは少し考えると、ある所を指さした。

「じゃあ、あそこに行ってみたいな」

彼女が指したのは、スーパーマーケットであった。建物の上の方の壁には、大きな文字で何かが書いてあるが、ローズには読めない。

「あそこ?ミレイだね」

「あれ、ミレイって書いてあるの?」

「うん。この辺の人がみんな来るスーパーだよ」

「へぇ。そうなんだ」

「じゃあ、早速行こっか」

2人は短めの横断歩道を渡り、ミレイの入り口へとやって来た。自動ドアが開き、店内に入る。左手前には買い物かごが幾重にも重ねられており、右手前にはショッピングカートが連なっていた。

「何か買うの?」

「あ、ううん。実は、何も決めてなくて…。でも、沢山買うわけじゃないわ」

「そうだったんだ。でも、一応持っていったほうが良いね」

ロイはそう言うとカートを引き出し、買い物かごを手にとってカートの上に載せた。

「あ、いいよ。私が押すから」

「でも、お姉ちゃんはお客さんだし…」

「大丈夫。私のほうが背が高いしね」

そう言って、ローズはロイと代わり、カートの取っ手を握った。

今言った通り、ローズは何を買うかは決めていなかった。そのため、近くの商品から順に眺めていくことにした。

まず最初に目に入ったのは野菜。白菜や人参など、至極普通の野菜がショーケースに並べられていた。野菜のすぐ下には値札が貼られていて、他の客が値札とにらめっこしているのが見えた。

そして、ショーケースは保温のためにかなりの冷気を放っており、近づくとひんやりする。外の気温がそこそこ暑かっただけに、ローズは少しそれが気持ちよかった。

道なりに進んでいくと、今度は肉製品のコーナーとなった。

「昨日のステーキは、このお肉を使ったんだよ」

ロイが、その内の1つを手にとってローズに見せる。

「これは3200ペル…少し高めのを買ったんだね」

「高いお肉だったの?」

「うん。お姉ちゃんのために奮発したんだと思うよ」

「何だか、申し訳ないわね…」

「そんなこと無いよ!美味しかったし、僕からお姉ちゃんにお礼を言いたいぐらいだよ」

ペルとは、フィルン国の通貨である。ロイによると、"3200ペル"は高いらしい。ローズには、どれが高くてどれが安いのかは分からず、はじめて触れた情報であった。

ローズはまたも、物珍しげに店内を見渡していた。

「こんな感じだったんだ…」

「え?」

「あ、ううん!はじめて来たところだから、なんか珍しく思えたの」

「そうだったんだ。お姉ちゃん、まだこの辺のこと何もわからないもんね」

そして、ローズたちは店中を巡った。彼女にとっては何もかもが新しい光景で、ただ歩いているだけでも楽しく思えた。そして、最後には飲み物のコーナーへ行った。ここは、周囲がほぼ全て冷たいショーケースに囲まれていて、半袖であった2人には少々肌寒くも思えた。飲み物だけでなく、アイスクリームも売られていた。ローズは、アイスクリームの1つを手にとってみた。

「これは…」

「ああ。それはブドウのアイスだよ。この時期になると発売されるんだ。お姉ちゃん、食べてみる?」

「そうね。ロイ君も食べる?」

「うん、じゃあ2個買おうか」

それまで何も入れていなかった空の買い物かごに、アイスを2個入れた。これしか買わないのならば、カートもかごは必要無かったかもしれないが、ともかく2人は会計へと向かった。

レジの前には2人が並んでいたため、ローズたちはその後ろに並ぶ。前の2人はテキパキと会計を済ませ、ローズたちの番はすぐに回ってきた。

レジを打っていたのは、中年の女性店員であった。スーパーの制服に、スーパーのロゴがプリントされた赤い帽子を被っている。ローズは買い物かごを店員の前に差し出した。

「お買い上げありがとうございます。お支払い方法はどうなされますか?」

「えっと…」

「現金でおねがいしまーす」

少し戸惑っていたローズの代わりにロイが答えた。

「かしこまりました。お値段、合計で252ペルとなります。当店のポイントカードはお持ちでしょうか?」

「あ、今回は使いません。あと、レシートもいりません」

「かしこまりました」

そしてロイは、自分のミニバッグから財布を取り出し、硬貨を5枚取り出してコイントレーに置いた。

「252ペル、ちょうどお預かり致します」

「じゃ、お姉ちゃん行こ」

ロイはアイスを手に取り、片方をローズに渡した。

「ありがとうございました〜」

店員の声を後に、2人はスーパーを出た。スーパーの近くには日陰のベンチがある。彼らはそこに腰を掛け、購入したアイスを食べることにした。

「なんかごめんね、色々やってもらって」

「いいよ。お姉ちゃん、分からないこと多いと思うし」

「後で、アイス代渡すね」

「ううん。今回は、僕のおごりってことで!」

ニッコリと微笑むロイを見て、ローズの心もほっこりとした。出会ったばかりの自分にここまで気を遣ってくれるなんて、優しい子だと思った。

アイスを袋を開けて取り出す。紫色のアイスは、白い冷気を放っていた。ローズはアイスを一かじりし、口に含む。

「美味しい…」

「このアイス、何度食べても飽きないんだよ」

ひんやり冷たく、シャリシャリとした食感。日々暑さを増している今日このごろには、ピッタリといえる。

そして、ローズたちはアイスを食べ終えたが、そこでロイが少し残念そうな顔をした。

しばらくして2人はアイスを食べ終えたが、そこでロイが少し残念そうな顔をした。

「あちゃー、アタリは出なかったなぁ」

「アタリ?」

「うん。このアイスは、棒にアタリって書いてあったら、もう一本タダでもらえるんだ。でも今回は書いてなかったみたい」

「そうなんだ」

それを聞いてローズもアイスの棒をよく見てみるが、彼女の方にも何も書いてなかった。

「私の方にも無かったわ…」

「ま、しょうがないよ。アタリはあんまり出ないし。美味しかったからオーケーオーケー!」

アイスを食べ終えた2人は、近くのゴミ箱に棒と袋を捨てると、再び歩き始めた。

少し歩くと、商店街を通り抜けた。

「今度は、もっと色んなところを紹介するね」

「ありがとう、ロイ君」

商店街の紹介は、今日はこれにて終わった。


「じゃあ次は、高台に行こ」

「高台?」

「うん。よく友達とも行くんだけど、この街全体を見下ろせるんだ。すごく気持ちいい場所なんだよ」

高台は、街のすこしはずれのところにある、この街の名所的な場所である。街を一気に見下ろせるため、年齢を問わず多くの住人が訪れる。現在のローズたちの位置からは、北に800mほどの距離にある。今度はそこを目指して2人は歩き始めた。少し歩くと住宅街を抜け、木々が生い茂る木陰道となった。木の葉の隙間から部分的に差し込む光が少し眩しい。そして、時折吹く風に木はなびき、耳触りの良い音を奏でる。その音のためか、風の涼しさが一層際立って感じられた。

木陰道を通り過ぎると、右手に土手が見られた。そして、その奥には川が流れている。土手では、ベンチに座って楽しそうにお喋りをしている老人たちや、首にタオルを巻いてジョギングをしている人たちがいた。

「昨日言ってた通りね」

「何が?」

「ダニアさんから街の様子を聞いていたの。落ち着いていて、居心地の良い街だなって」

「そうでしょ?だから、僕はこの街が大好きなんだ!大人になっても、ずっと住んでいたいくらい…」

そして、5分くらい歩くと、その土手の始まりと思われる場所に着いた。一面に見える草が生い茂った急斜面に、石造りの階段が見られた。階段の両サイドには鉄の手すりもある。階段を上ると、その奥にはまた階段が見られた。その間には、コンクリートの道が挟まれている。道を渡り、再び階段を上る。今度の階段は、少し段数が多かった。

「とーちゃく!」

最後の一段をジャンプして上り終えると、あたり一面に街の光景が広がっていた。遠くになるにつれ、小さく見える建造物。先程のスーパーマーケットは、他の建物に隠れていて見えなかった。

「ここが高台…」

「うん。夕方になったら、友達とよく来るんだ。何だかノスタルジック?な感じがしてさ」

ノスタルジック。ロイの家から、何十キロも離れている訳ではないが、確かに何かを感じさせるような場所であった。

風が強く吹き、ローズもロイも、帽子が飛ばされないように手で押さえていた。

「この景色…」

ローズは、昔のことを思い出していた。子供の頃、弟とよくこのような見晴らしのいい所に来た覚えがある。あの頃は楽しかった。平和だった。それが、ずっと続くと信じて疑わなかった。

「…」

ローズの目から、涙が少しこぼれた。

「お姉ちゃん?」

「あ、何でもないわ!風が目に染みただけ…」

今度ばかりは、ロイもローズの様子の変化に気づいた。どこか寂しげな表情をしていた。だが、彼女の内心を察して何も聞かなかった。

そして2人は、しばらく街の景色を眺めていた。自分たちが来た場所はどの辺だろうか。上から見ると、街はこうなっていたのか。それぞれが物思いにふけながら時を過ごしていた。




しかし、平穏な時はそこで終わった。

突然、心臓を揺さぶるような爆音が聞こえた。

「!?」

あまりにも急なことであったためか、2人は何も言葉が出なかった。

爆音が聞こえた場所からは、煙がもくもくと立ち込めている。そして、彼らの背後からも爆音が聞こえた。同じように灰色の煙が宙に昇る。

「え…?え…?」

ロイはパニックになっていて、呼吸が乱れている。

「なんで…?」

ローズもまた戸惑っていた。

「あ、あそこ…!?」

さらに悪いことに、爆発した場所が、自分の家に近いところであるとロイは気づいてしまった。

「僕の家…!?」

「うそ…!?」

まだロイの家が爆発したと決まったわけではない。しかし、2人の頭は真っ白になっていた。

「…?あれ…!?」

ローズが空を見上げると、そこには数人の人影が見えた。そして、その者たちが爆撃していたらしく、手から弾のようなものを発射していた。


「金目の物を奪ったり、人間をさらったりだとかはしないで、建物を壊したり、人を攻撃したりしている」


ローズは、ダニアが言っていたことを思い出す。彼が言っていた侵略者としか思えなかった。そして、それは自分の故郷に攻めてきた者たちに重なった…。

「………」

2人は、訳も分からないままに立ち尽くすのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る