第4話 かすかな光:Rose

〜前回のあらすじ〜

意識を失って倒れていた女性・ローズは、とある一家に助けられた。彼女は自分の身に起きた悲劇に絶望するが、新たな世界での一歩を踏み出そうとしていた。



ローズは、空き部屋となっていた部屋で過ごすこととなった。部屋は1階にあり、4畳程の広さである。ベッドとクローゼット、小さめのデスクに椅子が1つと、簡素ながら必要な物は揃っていた。

夜になり、夕食の時間となった。ローズにとっては、この世界で初めての食事となる。今夜のメニューは、客人をもてなす意味で少し豪勢に、ステーキであった。

「ローズさん、遠慮しないで食べてね」

ミリアがニッコリと笑う。

「ありがとうございます。本当に何と言ったら良いか…」

「お姉ちゃん、ママの料理はおいしいよ!」

「本当においしそう…」

「じゃあ、食べようか、皆」

4人は「いただきます」と言うと、食事を開始した。まず、何よりも皆の注意を惹いたのは、こんがりと焼き上がってとても香ばしい香りを漂わせているステーキである。ローズは、ナイフとフォークを持ってステーキを切り、ソースに漬けて口に含む。

「おいしい…」

心の底からそう思えた。

「ありがとう、ローズさん」

ロードのその言葉を聞けて、ミリアも嬉しかった。

「いつもの事ながら、本当においしいよ。君の料理ほどに美味い物は無いと思える」

「僕もそう思うよ」

ダニアとロイもまた、ミリアの料理に舌鼓を打っていた。特に、今日はローズの為にと張り切っていたため、格別の美味であった。

「ローズさんの世界でも、こういう料理は食べられていたのかしら?」

「はい。似たような料理はありました」

「へぇ。別の世界とは言っても、案外違わないんだなぁ」

「そうみたいですね」

一口、一口、じっくりと味わいながら食べる。ローズは、心が少しずつ癒やされるのを感じた。

(それにしても、お行儀よく食べるなぁ)

ダニアは、ローズの所作を見てどこか気品を感じていた。そして、彼女の隣で少しがっつくように料理を食べるロイが目に入る。

(ロイにも、少し見習ってほしいものだ)

とはいえ、せっかくのローズの歓迎会のような食事の時である。この場でそれを指摘することは止めておいた。

そして、4人とも料理を食べ終え、夕食の時は終わった。皆満足した表情を浮べている。

「いやぁ、おいしかった。また今度も頼むよ」

「えぇ。また作るわ」

「本当においしかったです。ごちそうさまでした」

「良かった、ローズさんが喜んでくれて」


夕食の後、ロイは学校の宿題をやる為に自室へと戻っていった。そして、リビングには3人が残った。

「さて、夕食も済んだことだし、少しこの世界のことを話しておこうかな」

「はい、お願いします」

ソファに座ったダニアは、目の前のローテーブルに紙を広げた。世界地図である。

「これが、我々の世界の全体図だ。フィルン国は、この大陸にある。」

ダニアが指差した部分には、広大な大陸が広がっていた。

「大陸の半分のあたりで線が引かれてますね」

「そう。大陸の全域がフィルン国という訳ではないんだ」

そして、彼は赤色のマーカーペンを持ち、地図のある部分に丸をつける。

「そして、ここが我々が今いるザハープ。そこまで広い所じゃない。都市部からも若干離れてるしね」

「なるほど」

ザハープは、首都やその他の主要都市からは少し離れた場所に位置していた。その為、昼夜問わずに明かりが灯るビルが多く立ち並ぶような「都会」ではなかった。だが、「田舎」とも言えない地域でもある。両者の中間に位置するとも言える、落ち着いた街であった。

「首都は「メロヴィーレ」と言って、ここに位置する」

ダニアが再び丸をつける。そこは、ザハープからは地図上で親指程の長さの距離があった。

「ここからだと、飛行機で2時間程かかるかな」

「そういえば、ローズさんの世界にも飛行機ってあったの?」

「はい。ありました。こちらの世界の形と同じかは分かりませんが…」

「ならば、文明のレベルはそこまで変わらないことになるな」

「この家にある物も、私の世界にも普通にありました」

「そうか。それなら、想像がしやすいかもな」

その後は、フィルン国内の他の主要都市や、通貨の説明、そして世界の国々についての説明が行われた。

「とりあえず、世界の大まかなことは話したな。何か分からないことはあるかな?」

「いえ、よく教えていただいてありがとうございました」

言葉とは裏腹に、ローズはまだ何か知りたげな様子であった。

「あの…」

「ん?何かな?」

「世界のこと…に関係するのかもしれないんですが、この世界を襲っているという人たちのことが気になります」

「あぁ…」

ローズの表情が少し曇り、ダニアも彼女の心情を察する。だが、言い出したのはローズであり、それに応えねばならないと口を開いた。

「彼らがどこから来たか、というのは話したね」

「はい。他の世界から来た、ということでしたよね」

「うん。その世界というのがどういったものなのかは、我々にも分からない。というのも、その辺の具体的な説明は全くされていないんだ」

「そうなんですか…」

「で、彼らが何をやってるかなんだが、それは単純な破壊行為だ」

「単純な…?」

「ああ。金目の物を奪ったり、人間をさらったりだとかはしないで、建物を壊したり、人を攻撃したりしている」

「そんな、酷い…」

「彼らは、私たちには無い不思議な力を持っているらしく、それで乱暴をやっている訳だ。超能力、というやつなのかな?」

「それで、襲われた人たちは助かるんですか?」

「…助からない人もいた。時には、100人以上の死傷者を出すこともあった」

「…」

ローズもダニアも暗い面持ちとなった。

「私の友達はメロヴィーレに住んでいるんだけど、一度襲われたことがあるの。あの子は軽症で済んだんだけど、職場の人で意識不明になった人がいたって聞いたわ」

ミリアが付け加える。

「だが、奴らを撃退する者たちもいるんだ」

「…?」

「我々の世界の人間は、基本は太刀打ちできない。だが、ある人間たちが魔法のような力で襲撃者たちと戦っているんだ」

「そんな人たちがいるんですか?」

「それが誰なのかも、どんな集団なのかも分かってはいない。だが、彼らによって襲撃者たちは全員倒されている。だから、世界が滅茶苦茶にならないで済んでいるんだ」

魔法のような力、という言葉で、ローズは弟や仲間たちのことを連想する。彼らも特殊な能力によって襲撃者と戦い、そして……。

「…良かったです」

「ん?」

「世界を守ってくれる人たちがいて良かったです」

「そうだな…。彼らには感謝しきれないよ」

ダニアはローズの顔を見る。悲しみと安堵が入り混じった複雑な表情であった。だが、出会った時のような悲しみ一辺倒の表情ではなかった。

(頑張って耐えているんだな…)

ダニアもミリアも、ローズの世界のことを知りたいとは思ったが、彼女の心情を察して聞くことはなかった。今はただ、元気を取り戻してくれればそれでいい。2人ともそう願うばかりであった。


そして、夜も遅くなったため、彼らは床につくこととなった。ローズにとっては、この世界ではじめての夜となる。

「…やっぱり眠れないわ」

ローズは眠りにつくことはできなかった。体の向きを変えてみてもやはり眠れず、そうこうしている内に時計は午前の2時をまわっていた。

ローズは体を起こして、しばらくうつむいた。完全な静寂が辺りを包んでおり、そういったときに何故か聞こえる特有の耳鳴りが頭に響く。

ふと、閉めていたカーテンを開いた。夜とはいえ、完全なる暗闇ではない。部屋にはかすかな光が差し込んだ。

「わぁ…」

窓の外には、星空が広がっていた。ローズはその美しさに目を奪われた。

「綺麗ね…」

その中でもとりわけ彼女の目を奪ったのは、中央に輝く白い星であった。

「あれは…本当に綺麗…」

ローズはしばらく、雄大な夜空を眺めるのであった。


翌日。ローズたちは目を覚まし、食卓へと集う。その日は前日に続く休日であり、忙しくバタバタとした感じは無い。

「おはようございます」

「あ、おはようお姉ちゃん!」

ロイがローズに元気に呼びかける。

「あぁ、おはよう」

ダニアもローズの挨拶に応じる。

「ローズさん、おはよう」

ミリアは料理を作っている最中であった。

「今日は休日だ。私たちは家にいるから、何でも言ってくれ」

「ありがとうごがいます」

そして朝食が出来上がり、4人はテーブルに着いた。

「お姉ちゃん、今日は僕とお出かけしない?」

ロイはウキウキした様子で語りかけた。

「ロイ君と?」

「うん!この辺のこと、よくわからないでしょ?僕が案内してあげる」

「本当?ありがとう」

「良いと思うよ。ローズさん、ロイに付き合ってやれるかな?」

「はい、喜んで」

「ありがとうね。うちにお客さんが来るのなんて久しぶりだから、はしゃいじゃってるみたい」

「そうだったんですか」

「じゃあ、悟飯食べ終わったら早速行こうね!」

4人が食事を終えると、ローズとロイは身支度に取り掛かった。ローズの部屋にはいくつかの着替えが用意されており、ミリアによって鞄も用意されていた。ローズはミリアと近い体格であったため、服はミリアの物を借りていた。

「そういえば私の靴…」

だが、昨日は外へ出なかったので靴がどこにあるかは分からなかった。

「あぁ、君の靴なら玄関に置いてあるよ。でも、少し汚れているからミリアの靴を履いたらどうかな?」

「そんな、悪いですよ…」

「いいのよ遠慮しなくて。でも、サイズ合うかしら?」

ローズはミリアに勧められたので、試しに一足履いてみる。

「どう?大丈夫?」

「…はい!問題なさそうです」

実際には、少しだけ大きく感じたが、ミリアの好意を無下にしまいと口には出さなかった。

「良かった。これで外に行けるわね」

「色々ありがとうございます」

「どういたしまして」

「じゃ、早く行こうよお姉ちゃん」

ロイは待ち遠しいといった表情であった。

「うん、じゃあ行こっか」

「ローズさん、時間は気にしなくて良いよ。私たちの街を堪能してきてくれ。あぁ、大事な物を忘れていた。少し待っててくれ」

ダニアは自室に戻り、少しして戻ってきた。手には長財布が握られていた。

「これはもう使ってない財布だけど、中にお金を入れておいたよ。何かったら使ってくれ」

「何から何までありがとうございます…」

「いいよいいよ。何か買うときは、ロイに確認してくれ。昨日一応説明はしたけど、わからないことも多いだろうからね。じゃあ、行ってらっしゃい」

「行ってきます!」

準備は整った。2人はは扉を開け、外へと足を踏み出した。



ロイたちにとってはいつもと変わらない平穏な1日。そして彼らは、それがいつまでも続くと思っていた。たとえ、同じ国の違う地域では、謎の集団による攻撃が行われていたとしても。そしてそれが、単なる他人事ではなかったとしても…。



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