第5話 朝陽

のんびり生活していると、とある話が軍令部から耳に入った。


インタスタラ帝国と争っているフェムベリア王国が前線を押されているというのだ。


私たちクラッチ王国は、地球でいう地中海みたいな海、クルード海を中心に海運をおこなって富を蓄えている。どことも同盟を組んでいる感じだ。クルード海連合とでもいえばいいか。

フェムベリア王国は単独で強国なので同盟は結んでいない。ただクルード海連合として友好関係にある。そこの前線が押されているのはクルード海同盟としてはやはり良くない。

軍令部も義勇軍は送っているのだが、地球でいう戦車みたいな凶悪兵器が暴れていて前線を維持できないという。暴れられたら逃げるしかないようだ。

その凶悪兵器の詳細なのだが……。


「めっちゃでかいコボルトで、銀色の毛を持ち、雪オオカミのような容姿をもつんですか……」

「ああ、人間ではどうにも出来ん」


軍令部総長が言うんだからそうなんだろう。


そして私が知っているその存在は。


「インタスタラ帝国でそんな存在を保持できるのは朝陽しかいない」


インタスタラ帝国はあくー文明の遺産なのか、強制的に生物を動かす道具を保持している。

私が追放されたとき、朝陽は捕まっていた。私に追討部隊を送るとかいえば、朝陽は道具をはめ込むのに従う可能性が高い。


「私をその前線に送ることは出来ますか。私の予想なら……私が決着、いえ、介錯をするしかない」


前線の士気回復の思惑もあるのだろう、提案は了承された。


フェムベリア王国とは高速船でつながっている。一番速い高速船を頼んで移動させてもらった。


朝陽じゃないといいけど、朝陽でしかいない情報だ。

ごめん、朝陽。私だけ休暇を楽しんで。朝陽の状況、あえて忘れていたところもあるんだ。ごめん。


高速船がフェムベリア王国につく。ここからは早馬車で現地まで急ぐ。私が走った方がもう早い。でも、案内してくれる兵士がいないと移動できないからね。


数日掛けて前線と赴く。といってもここは前線の端。フェムベリア王国は広い前線を持ってインタスタラ帝国と戦争を繰り広げているのだ。


フェムベリア王国の前線指揮官トップと顔合わせをする。


「初めまして、佐原雪です。あの怪物は元々私の従犬です。私が決着をつけます」

「前線総長のホホイ・ソセルだ。クラックの怪物が来たか。でも君でも処理できるかどうか……」

「私が決着をつけるしかない存在です。命と引き換えにしてもケリをつけます」


そして数日待つ。被害は報告されるが、そこに私が間に合わない。終わった後に報告が来るのだ。〈範囲大回復〉を使って被害は治すが、根本的に出会えない。あっちは神出鬼没だ、なにかないものか。


「この広い戦線でどうやって私を出会わせるか。私を認識すれば来るかな」


私と確定させるのであれば、人固有の性質が出る魔力、または私しか持っていない原子の魔力。原子の魔力は広範囲には伸ばせないな。魔力を伸ばした方が広範囲だ。おかげさまで魔素はかなりあるし、手段は複数ある。一番いい方法は。



「兵士さんに耳栓の準備は大丈夫でしょうか」

「時間を必ず合わせてくれ、そこしか耳栓はつけていない」

「わかりました、総長様」


時間を待つ。朝陽ならこれで来ると思う。本能まで操られていなければ。


「時間だ」


総長の言葉を合図に思い切り息を吸う。そしてほぼ全ての魔素を使い。


「朝陽ぃぃ!! 私はここだぁ! 決着をつけに来たぞぉ!!」


〈拡声魔法〉に全ての魔素を使い叫んだ。大賢者様の全ての魔素をつぎ込んだ声だ、届かないはずはない!



これが成功すれば、朝陽と戦うことになる。アカネが作った魔素回復剤を飲む。自己回復力もとんでもないが、回復剤はあった方が良い。


数十分後、探感知に懐かしい反応がヒットした。


やはり朝陽だ、朝陽だったんだ。


私と朝陽は相対する。

ただ、朝陽はみていて大変に苦しい物だった。

朝陽は四つ足聖獣だ。それが無理矢理二本立ちされている。腰の骨はほぼ機能していないだろう。むごい。きつい。


「朝陽、私は君の地獄を解き放つために、殺しに来たよ」

「グオォォォォ!!」


やはりあの賢い意思はなさそうだ。


私の命をかけても、朝陽を止めるよ。相棒だからね。


「いくよー!! あさひぃぃぃ!!」


自己バフを掛けて突撃する。朝陽にこざかしい真似は通用しないだろう。


私の突っ込みを的確にストレートパンチで迎撃する。私は自動発動魔法防御でしのぐ。


次は魔法の乱射だ。魔素をほぼ気にせずものすごい乱射をする。朝陽は回避でしのぐ。


しのぐが……切れがあまりない。数発ヒットしてる。


なんだ? なんだ? 何か違和感を感じる。なんで切れがないんだ?


まさか……。


わたしはすべてをかいほうする。

じかんのけいかがおそくなる。


私は〈転移〉で朝陽の目の前に立つ。そして口の中に手を突っ込む。


「朝陽、多分だけど、私が追放されて以降、水飲ませてもらってないというか、飲んでないよね、意地で」


神獣の餌が水なんて、私以外誰も知らないだろう。だから、水なんてほとんど飲ませてもらえないだろう。朝陽の意地もある、自分から拒んでいただろう。

だから、今の朝陽は全力を出せない。


「そんな朝陽を! 殺しても! だめなんだよぉ!!」


時間が戻る。


「〈水生成〉!! 無理矢理飲めえええええええええええ!!!」


口に突っ込んだ手から水を莫大に生成する。犬は水を飲むのが下手だというが、そんなの関係ない。飲めや。


朝陽は、何も言わずに水を受け入れた。ただただ水を飲んだ。


朝陽が一歩引いて私から離れる。犬って口の中に手が入っちゃうとかみ切りにくいから難儀するんだよね。朝陽もそうだったようだ。


「ガァァァァァァ!!」


水を飲んだ朝陽は咆哮する。今までの渇望を満たさんがごときに。


「さあ、ここからが本番だよ、やろうよ、朝陽」


そして乱戦が始まった。

私が突っ込み、朝陽が迎撃する。

よろけたところを朝陽が追撃する。

ボコボコにされてでも殺すつもりだった。

そう、のだ。


「ねえ、朝陽、水飲んだ本気がその程度なの? 私の防御を貫通できないの?」


全ての攻撃は自動発動している魔法防御で完封していた。私は成長したといっても、聖獣の本気にかなうものではないはずだ。


「……長引かせる方がかわいそうだね。みどり、いくよ」


私は一歩引き、素早い動作で翠乃沃土を右手に移し、〈追尾性付与・エアバーストシュート〉を発射する。

朝陽は何の抵抗も出来ずに翠乃沃土を受け入れてしまった。


「みどり! くるしませないで!」


そうして翠乃沃土は活動を始めたのだが……頸動脈を切り裂かない。なんでだ?


「ガアアアアアアアアア!!」


朝陽が苦しむ。な、何が起こってるの?


耳を澄ますと、何かを削っている音がする。みどり、もじかして洗脳道具を壊して……?


キンッという音がしたあと、朝陽が前のめりで倒れた。


「朝陽?」

「ああ、その声は雪殿か。翠乃沃土殿が洗脳道具を壊してくださった。死ぬ前に本当の声を交わせるとは思っていなかった」

「朝陽!」


私は顔に駆け寄る。朝陽が、戻ってきたのだ、戻ってきたのだ!


「雪殿、もうすぐ私は死ぬ。もう脳が汚染されきっている。死ぬ前に頼みたいことがある」

「なに? 何でも聞くよ」

「私の汚染されていない脳を、食べてほしい。聖獣として培った全てをお伝えしたいのだ」

「な、それは」


ウィキ辞典によれば、地球では生きた猿の脳みそを食べる習慣がとある国にはあるらしい。あるらしいとはいっても、日本人がそれを出来るか? 相棒の脳みそを?


「頼む、死んだら意味がないのだ。もうそれしかお礼が出来ない。成獣の生きるすべを、お伝えしたい」


逡巡する。脳を、食べる。生きた脳を、食べる。


「……わかった、食べる。まずい顔をしても許してよ」


翠乃沃土をナイフの形状にして、振動させながら頭蓋骨を切り取る。

大部分が茶色に汚染された脳が目の前に現れた。遅かれ早かれ、脳が汚染されきって死んじゃう、運命だったのか……。


無言で翠乃沃土をスプーンにして、汚染されていない綺麗な脳を救って食べる。

ものすごいエネルギーが私に流れてくる。す、すごい。

死ぬ前に食べないといけないということなので、必死に食べる。必死に、必死に。


「ありがとう雪殿。あなたと……冒険できて……ほん……よ」


そして朝陽はゴールデンレトリバーになって、息を引き取った。

聖獣になった犬だったんだね、朝陽は。


私はゴールデンレトリバーを抱きしめながら、その場でぶっ倒れた。

入ってくるエネルギーが凄かったのかもしれない。



死ぬ気は一切ないが、どこで目覚めるかはちょっと不安だな。エネルギーが入りすぎて倒れたのって、初めてだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る