第3話 狩猟 中
空をトントンと駆けていく。
「うわぁ、そ、そら、とんで――」
「慣れてないと舌噛むから。抱きついておいて。後、あっちで即座に治療開始するから」
こくこくと頷くとアカネはしっかりと私に抱きついてきた。
これ私が男だったら一大イベントだよねえ。今172セセトくらいあるし、体は細いけど筋肉は付いてるからね。そんな人に抱きつくんだもんね。おとこじゃねーんだよなーわたしー。
心なしか空気を踏む力が増えながらも現地付近に到着。固めた空気(よく考えたらこれ空気以外の何かも止めてる……落ちないってどういうこと……怖い……)に乗って周囲を見渡す。
「あそこが仮の救護所かな」
人が群がって盛んに魔法を感知する場所があるのでそこへと向かう。
「よいしょ、ちょっと手前で降りたよ。血のにおいがするね。アカネって従軍経験はないよね?」
「う、うん。出来るかな」
「出来る、アカネならね。「ケガ」、だけじゃなくて「ケガの詳細」までをも追求するアカネなら効率よく癒やしを与えられるよ」
重症患者は私がやると言って、二人で救護所へ駆け出す。
実戦の始まりだ!
「すいませーん! ユキ・サースパンダーと従者アカネが応援に来ましたー! 私は重傷者、アカネは内臓が出ていない程度なら治せます!」
救護所内がざわめく。私の名前って広く知れ渡ってるからねー聖女のお仕事ちゃんとやってるからさ。
「ゆき殿! 範囲回復は出来ませぬか!?」
「あ、じゃあまずは一気に! 気力と生命力をかなり使うので何回もは出来ません!」
救護所内で〈範囲全面的大回復〉を行使。
うめき声がだんだんと歓声に変わっていく。
「さすがゆき様だ!」
「ゆき様は聖女ではもうない! これは女神だ! 女神が降臨されたぞ!」
それからは次々に運ばれてくる患者に対応していく。
最初はアカネが対応できるような患者ばかりだった。
「アカネ、魔素回復薬持ってきてあるから飲んで」
「ありがとうございます、でもやはり私の魔素では限界が」
「全ては治せない、手の届く範囲を治そう!」
「はいっ!」
時間が経つにつれて、傷が深いものが多くなってきた。だんだんと雑魚が減り、強いものが残ってきているのだろう。強いものと戦闘し、敗退すれば傷も深くなる。
「アカネ、私のバックにルヴァッタ草があるの。それとここら辺に咲いているコテッリ草を魔素を込めながら混ぜ合わせて、聖女の水で希釈すれば魔素回復薬になるの。やってくれる?」
「数は作れないと思いますが、やってみます! 草は図鑑にあるものなら大体覚えているので間違えません!」
重傷者の治療を続ける。私が治したものには〈士気大向上〉が付加されるのでべらんめえに士気が高い。結界内に再突撃して患者を運んできたりするし、魔素回復薬を現地の草で作ってくれたりする。
歴史書にはだいたい「聖女がいて勝ちました」って戦記物が多いんだけど、なるほど理解ってやつだわ。範囲回復はあるし、力が足りずに癒やしに士気向上を付加出来なくても、例えば自分が作ったお料理を事前に食べさせて士気向上を付加させるだけで勝利確定ですよ。
アカネが魔素回復薬を作ってくれたのでがぶがぶ飲む。
アカネの顔を見たが少しすっきりしていた。グロいところに来るのは初めてだ、草集めさせて気分転換させて良かった。
重傷者回復を継続するが、今回の狩猟は負傷者が出すぎだという声を聞く。レアモンスターでも出現したかな? ちょっと士気高い散兵さんに走って聞いてもらうことにする。
「こうも負傷者出ると、狩猟って感じじゃなくなってくるねえ、アカネ」
「そうですね、どちらかというと戦闘という感じがします」
「詳細を待つか。場合によっては私が出る」
その言葉に救護所内が沸く。「女神の御出陣だ!!」「本物の奇跡が見れるぞ!!」なんてね。
そうこうしているうちに気絶寸前の状態で走り込んでくる兵士が飛び込んできた。速度バフもかかってるし、よほどの事態なのだろう。
「なにがあった!?」
「巨大ツノイノによってこちらの攻撃部隊が潰走、ソンダラ皇太子殿下が足を切断される重傷です!!」
「場所は!? アカネ、突っ込むよ!!」
大体の場所を聞いて、アカネをだいて大疾走。処置が間に合っていないと、太ももから切断だった場合数分で失血死する。
「〈拡声魔法〉! ソンダラ皇太子殿下はどこじゃー!!! 佐原雪が来たぞー!!」
巨大な声が戦場を駆け抜ける。
「ゆき様でしょうか? こちらです!」
拡声魔法の大きな声が返ってきて、場所を特定する。いそげ!
着いたそこはかなり悲惨だった。突撃で部隊ごと吹き飛ばされたのか、死体が散乱している。
折れた木に刺さってる兵士とか漫画でしか見たことなかったのに。
ソンダラ皇太子は大分やばい状況だった。
ぱっと見どこもかしこも折れてるし。
左足の付け根から先が吹き飛んでる。
衛生兵が必死に回復魔法を掛けているが血があまり止まっていない。
観察する暇ないな。
「聖女のユキ・サースパンダーです! アカネと生き残ってる兵士は足を探して!! 私はソンダラ様の傷を8割回復させます、全て回復させると足がくっつかない!」
ソンダラ皇太子の前に駆け寄り、奇跡を発動させる。死なない程度に治し、完治しない程度にケガを起こさせる。凄い繊細な作業が必要だ。
「ツノイノが戻ってきました! ここは危険です!」
「だからってソンダラ様を移動させることは出来ない、奇跡中に魔法の発動は出来ない……まずい」
ドスン、ドスンと足音が聞こえてくる。私は各種感覚が常時ブーストされているとはいえ、足音が鳴るのは異常だ。相当な巨体なのだろう。
「足を持ってきました! 犬が探し当てました。綺麗にぶち切れてます!」
「アカネえええ今はまずいいいいい! 狙われるうう!」
アカネが駆け寄ってくる。
そこに巨大熊を大きく越える巨体を持ったツノイノが突撃してくる。
じぶんのすべてをかいほうする。
じかんのけいかがおそくなる。
わたしは奇跡を切り上げ、〈大ヒール〉をソンダラ皇太子に放って、アカネに〈転移〉で近寄り、再度〈転移〉。ソンダラ皇太子の元まで戻る。じかんがおそくなっていても、傷がすぐに広がっていた。呪われてるかもしれない。
アカネから足を取り上げ、ソンダラ皇太子にくっつける。〈全回復〉の奇跡を発動する。
時間が戻ってきた。
「アカネ! 今〈全回復〉を皇太子に掛けたから! でも大雑把にしか筋肉をつないでない! 最終治療はアカネに任せる!」
「私がですか!?」
「アカネしかいない! 私はこの後気絶と引き換えにツノイノを処分する!」
そしてツノイノに対峙する。回り込んだので後ろには誰もいない。
ツノイノの顔は全てを跳ね返すような堅さを持っていそうで、その巨大な角は攻城兵器になろうかというほどだった。
ツノイノは二度地面を蹴ると、突進を始める。相対距離は100メルトというところか。
「観察力が甘いな。みどりぃぃ!! いくよぉぉ!! 魔素・血液注入開始!!」
ドクドクドク、と魔素と血液が翠乃沃土にものすごい勢いで注入される。
すぐに魔素欠乏と貧血になり、ふらふらし始める。練習していないから魔素と血の量を間違えたようだ。
ツノイノが突進を開始する。トップスピードになる前に片付けよう、慣性で巻き込まれる。
「一気にいくよ」
私の全てを吸い取った翠乃沃土が手首から私の手のひらへと瞬時に移動する。
翠乃沃土はピンを一本刺しそれで自分を固定。テニスボールが手のひらの上で止まっているかのようだ。
「〈追尾性付与・エアバーストシュート〉」
ボシュウウウウ!!
凄い音とともに翠乃沃土が正確に眉間の間に吸い込まれる。
ガン! と固いもの同士がぶつかった音のあとに、私に刺さっていたピンがぶるっと震う。成功だ。
おやすみなさい。
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