第2章

第1話 臭い……匂う……

 数日間走ってわかったことがある。


「力業じゃ人里を見つけるのはムーーリーー!!」


 いくら〈探感知〉が優れてるといっても。

 いくら〈ズーム〉で拡大できるとしても。


 この広大な草原の前では無力なのだ。山を抜けて出会ったこの大草原。この大きさを100としたら〈探感知〉出来る範囲はきっと5とか6。大自然の前には魔法なんて無意味。人の痕跡を探して、それを追っていくしかない。


「雪殿、ここは我にお任せを」


 そういってなにかを嗅ぎ出す。


「水源はこちらの方かな?」


 すっと走り出す。朝陽は走り出すときも走っているときもあまり私に振動が伝わらないように走ってくれる。ちょっとなにげに結構うれしい。


 さてそんな朝陽だが、軽く走ると本当に川を見つけた。さすがはもと神獣だ。


「ここから支流を回避しながら下れば人里には着くであろう。人は水がないと生きていけないからな」

「すごーい! じゃあ探そっかっ!」



 タン、タン、タンッ!!


 空気の塊を蹴って垂直上昇する。


 地上からだと40キロメートルくらいだっけ、それくらいで地平線が出現して見えないけど、上空に飛べば地平線はもっと後ろに交代する。地球じゃないから元の地平線までの距離はわからないけど、遠くまで見えることは確かだ。

 人は見つからないけど、支流かそうでないかはわかる。本流は削られて地面がへこんでるしね。そういう所も飛べばわかる。


 ヒュンッとおりて、空気のを操ったエアブレーキで減速、着地。


「北に続いてるねー。川はどんどん大きくなってる!」

「よし、それでは向かおうか」

「うん、でももう一回だけ飛ぶねっ」


 タン、タン、タンッ!!


 この空。

 この上空。

 ここから見た世界は。



 輝いてるなあ。



「おまたせ。それでは北に向かってしゅっぱーつ!」

「わん!」


 朝陽に飛び乗って北へ向かう。朝陽が言うには、「水の冷たさからみて、山からの雪解け水だろう」とのこと。へえーつながってるな、大地というものは。

 川沿いを走る。きらめく川が美しい。澄んでいるせいか川もが白く輝いている。こんなの地球では体験できないだろうな。神獣に乗るってのがまず不可能だ。

 きっとこれは輪廻転生の一部なんだろうけど、がむしゃらに働いた結果がこれなのかもしれないな。

 肯定は絶対しないけど。くそったれ、あの上司。勘弁してくれ、あの激務。


 うっとりしたり激おこしたりしていたら、朝陽が急に止まって吠える。敵か!

 バッと飛び降り〈探感知〉。地中にいる。人の姿に近い。


「出てこないな、奇襲をまだ狙っているのか? なら、〈地割れ〉!」


 ガタガタガタと地面が揺れる。慌てたかのように川辺から人の姿をした生物が飛び出てきた。

 背中に背びれがある。体は青く、手がでかい。身長は1メルト60セセトメルト程度か。

 飛びかかってきたのでとっさに避ける。分析中で花草水月で切りつけられなかった。

 飛びかかりは早いな。


「これがドラウニー? 本当に魚人だね」

「グオォ!」


 朝陽が電光石火の前足パンチで両断する。つよいなあ。

 これを合図にしてか、地面に潜んでいたドラウニーが続々と出現した。6体か。

 勝てないとは全く思わないけど、6体もいたら一発二発はもらってしまうかもしれない。

 そもそも私、体捌きとか全く習ってないもんね。

 魔法で一網打尽に出来ないだろうか。


「来るぞ!」


 一斉に飛びかかってきたのでまずは回避。

 連続で回避したら周囲を固められる形となってしまった。


「これじゃ一網打尽とか言ってられないね、〈ファイアボルト〉!」


 向かって左型のドラウニーにファイアボルトを放ち、正面のドラウニーに逆飛びかかりアタック!

 スパッと首を切断してブシュッと血しぶきが舞う。くっさ。

 左手のドラウニーは火が自分の体液に燃え移り大炎上している。文献によると体液が油のようによく燃えるんだってー。

 残り一体を仕留める前に朝陽が突撃してきて戦闘は終了。私が2体殺すまでに4体殺した朝陽。


「くちゃー、あさひくちゃいくちゃい」

「いっぱいたたかったのに」


 ドラウニーの体液はものすごく臭いのだ。魚が腐ったような香りがプンプンする。


 しょんぼりする朝陽に謝りながら、警戒しつつ川で朝陽のお洗濯。

 全然匂い取れねー。錬金術で香水作るか……。


 辺りを見回したら梅があったので梅の花をつまむ。これ本当はなんて言うんだっけ……?

 樹皮ももらっていこう。べりべり。

 後は調理用の油を使って魔素込めながら混ぜればオッケー。すり鉢で花と樹皮を細かくしてからこねこねこねこね……。


「できたー!雪ちゃん特製、梅の香水! 川だとすぐに匂いが流れちゃうから、ちょっとここ掘って池作ってよ」


 まだしょんぼりしている朝陽に池を作ってもらい、香水をポタポタと落とす。

 ぽたりと落ちた瞬間に香水に込めた魔法が反応して、周囲にものすごくよい、梅の香りが漂う。


「ささ、朝陽殿、この池でお戯れください。あ、お湯にいたしますね。〈温度変化〉。さささ、どうぞ」

「それでは失礼して。ああ、暖かくて香りがよくて気持ちがよい。はまってしまいそうだ」

「ふふふ、佐原雪リラクゼーションサロンはいつでも開店しておりますよ」


 朝陽の機嫌も直って、匂いも取れて、満足満足。

 ただ毎回すぐそこに梅があるとはいえないので、私が毎回魔法で処分することにした。


 ん、だけど。


「炎でいぶされて匂いが移る! 臭い!」


 この川、以外と難所なりけり。

 見た目ではわからんですなあ。


「朝陽に騎乗すると私の臭いが移っちゃうし、朝陽から降りてランニングするかー」


 臭いのは嫌でござる。だって身体能力が勇者の力でブーストされているから匂いにもめちゃくちゃ敏感なのだ。花粉体質だったら死んでそう、それはまた違うか。


 走って空中ジャンプしてまた走って動物狩って寝る。

 これを繰り返すこと幾日か。

 やっと人を見つけた!

 ものすごい勢いで走って行ったら、ものすごい勢いで逃げられた。

 聖女パワー全開にして小走りで近寄り、人里の方に案内してもらったよ。農民さんだそうで。


 どんな所なのかなあ。



 ちなみに臭い匂いは服に染み付いてしまっており、エンチャントもされていないただの上下の服や下着は捨てる羽目になった。うう、私のお洋服……。

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