第6話 きもいきもいきもいきもい

 東へとゆっくり歩く。私からなにかを発してはダメだ。東西南北は勇者スキルで絶対方角というものがあった。

 東の廊下を少し歩く。すると当然部屋が見える。扉は開いている。中に人気は、ない。入ってみよう。


 即座に原始の魔法が放てるように準備しながら部屋に侵入する。

 だれもいない。

 よかった。

 安堵して戦闘状態を解除する。原始の魔法を待機させるのは大変非効率だが、確実に”殺せる”のは原始の魔法に頼んだ方がいいだろう。あれは一つ私と”隔たり”を持って接している。


「ここは、遺体安置所?棺桶があるね」


 うーん。

 うーん。

 うーんうーん。


 調べるか。はぁ。


 積み上げられてある棺桶の一番上の蓋をずらす。

 奇麗な状態、というか死んで身だけが溶けたような状態の白骨死体がそこにあった。

 見なけりゃよかったー、と思いつつも、性別を確認する。腰がデカい、お尻が広い。女性だね。年齢はわからないけど、160セトリメント位の身長かな。


 ほかも、やる、かぁ。一体だけじゃわからんもんね。


 何体かの棺を開ける。羽根の骨格だったり、とても大きな体躯たいくをしていたりと種類は様々だけど、全て女性だということはわかった。

 何で女性だけが? 私はどこに運ばれたの?


 っと、ここで一つ深呼吸。周囲への警戒を怠っていた。息を止めて周辺の音を聞く。



 何も異常は無いみたいだ。奥の部屋からなにかが動いている音が聞こえる。

 見ないわけにはいかないだろう。ゆっくりと奥の通路そして部屋へ向かっていく。


 部屋に向かうたびに匂いが濃くなる。どんどん濃くなっていく。この匂い……、


 人の血だ。


 部屋には巨大な錬金術の器具が異形な祭壇の上に置かれており、器具の中で8の字を描くように赤い液体――間違いなく血液だろう――が循環している。この光景、辞書で見たことがある。

 祭壇の横たわる部分に人を横たえ、そのものに錬金術と呪術を織り交ぜた血液を飲ませる。すると永遠に命令に従う人が出来ると。永遠に魅了された人が出来ると。完璧な洗脳だと。

 これは世界的な辞書「コンドンバサル世界百科事典」に書かれている項目で、禁忌タブーとされている儀式だ。

 先ほどの遺骨……。

 骨以外を溶かされてこの血液の中に?

 女性だけを?

 なら効果は女性だけになるはず。

 効果も相当なものになるはず。

 誰に? なんで? なぜ?

 ここの主はデブ。デブが狙う女性は……3歳の頃から私だった。


 狙っているのは、私?


 怖い


 怖い


 怖い

 怖い

 怖い

 怖い

 怖い


 歯がガタガタ言う。体が芯の中から冷えてくる。足がガクガクしてまともに立てない。

 とにかくここから離れよう。装置は絶対重要監視下に置かれている。何か触れば即座にアラームが鳴ることは間違いない。

 次は西に向かおう。きっとこっちに何かあるはず、なにか、あって、あってよ……。


 十字路に戻る。深呼吸をして息を止める。



 まだ大丈夫。動きは無い。

 でもあの部屋で時間を使ってしまった。

 急がないと。

 せめて服があれば。





 十字路の先は北と南に道が分かれていた。北は多分寝ていた部屋の隣に通じるはずだ。南は兵士を迂回できるかもしれない。

 北は一番歳奥になるのかな。いってみよう。


 通路には何も無いとだんだんわかってきたので、歩くスピードを上げる。監視装置は重要な部分を除いてほとんどついていない気もする。でも気は抜けない。……そろそろ気を抜きたい。


 北の部屋の前に到着する。始めて扉がかかった部屋と対面した。

 何度も何度も確認して、何も無いと判断してからドアノブをひねり、部屋に侵入する。


 そこは私がいた部屋にマジックミラーがついていた書斎であった。マジックミラーは私がエッチなことや拷問を受けているときになどにここから眺めるんだろうなとなんとなく想像がついた。日本人をして35年、人はどこまでも変態なことをするというのは年齢の分くらいにはわかっている。禁忌の儀式を受けさせれば喜んで鞭に打たれるだろうしね。気持ち悪い。


 書斎の方は宝石が何個か見つかったくらいで何も無かった。持ち運ぶ余裕がないので宝石は諦めた。


 折り返して今度は南へ進もう。ここまで探して本当に何もないので気が重いというか暗いというか。次こそ何か見つかって欲しい。


 南への通路は採光窓も無く、暗い道だった。あまり使われていないのかな?

 しかも結構部屋までの道のりが長い。部屋が無くて迂回できたりして……?


 そんな思いで歩くと、魔導ライトで照らされている部屋の前に到達した。そう簡単にはいかないか。

 この扉には鍵がかかっている。鍵、鍵。書斎に鍵束があったかもしれない。戻って取りに行こう。パーフェクトな行動をするのは難しい……。


 鍵束を取りに行って一つ一つ鍵を差し込んで試してみる。10本くらい試したらガチャリと開いた。鍵がある部屋は初めてだ、中身はどんなだろう。


 武器庫だ! 部屋には所狭しと武器がならんでいる! 防具だってある! これで全く装備をしていないということは免れる!

 部屋を探してみると、私の装備一式が箱に入って無造作に置かれていた! やった! やったぁ! 冒険者ギルドの証明証もある!

 急いで服を着よう!!



 服を着た! 服は最高の文明だ! 次は最高の武器を手に入れて、脱出しよう!!


 武器庫を見回してみると、一つの武器だけ厳重に保管されているものがある。どうも大きめなサーベルのようなんだが。

 鋼鉄製のケースでガラス窓になっているけどガラスが分厚い。これも鍵がかかっているので解除を試みよう。3つも鍵がある。

 ガチャリ、ガチャリ、ガチャリと鍵が開く。普通に予測すると司祭や兵士長などに鍵を分散して持たせておくために鍵を複数取り付けたんだろうけど。鍵束はマスターキーだったようだ。書斎を発見しておいてよかったな。

 さて中身の武器は。

 取り出すと驚くほどに軽い。熊でも斬り殺せるような見た目なのに。

 なんか魔素をほしがっているように感じられるので体内の魔素を流してみる。


『ああ、久しぶりに目覚めた。お前が新しいマスターか? 俺は花草水月かそうすいげつだ、よろしくな』


 しゃ、しゃべった! 脳内に響いたという感じだけど!


『インテリジェンスソードを扱うのは初めてか? お前さんの初めてになれてうれしいよ。それで、もうちょっとマナをくれるとうれしいんだが』

「マナ……?」

『あー、今の時代はマナをなんて言うんだ?魔法に使う際の燃料だ』


 このサーベル、相当古い時代に造られたのかな?


「魔導素粒子かな? あげてもいいけど何に使うの?」

『1つ、ま……まどう……、ソレを注げば注ぐほど切断力があがる。1つ、マスターとのつながりが深くなる』

「つながりが深くなる?」

『心の底から同化するって意味だ。マスターが思うより先に剣である俺が行動できたり、剣の軌道を魔法的な力で変更したりと、いろいろと便利なことが多い』

「同化しすぎると?」

『マスターを食らいつくす。お前は魂の年齢が年食ってるから早々食われんよ』

「ここからでたら魔道具屋に売り払おう」

『まあまあ。マナを送ることをやめちまえばいいのさ。まあ、出来るならやってみろって感じだが』


 とりあえずの武器(でも魔法武器!)も手に入れたしほかに無いかな。

 キョロキョロ探していると、マルチツールみたいなものを発見。本物か?


「これも魔導素粒子を欲しがってる。大丈夫かなあ。えい」


 ぐぐっと魔素が注入されると、ぎゅいぎゅい形を変えて自己紹介してくれる。会話は出来ないようだけど意思は伝わってくる。名前は「翠乃沃土みどりのよくど」だそうだ。これからよろしくね。


「あぐー文明の遺産かなあ。超高精度で複数の形状になるツールなんて相当高い技術力が必要だもんねえ。魔法のマルチツールだ!」


 この2つをぶら下げるものが無かったので、男性用革のコルセット(男性だと腹巻か?)と上に装着する腰ベルトを私向けに加工。間に合わせなのですぐ出来た。さっそく翠乃沃土を利用したのでうれしい。切れ味のよいナイフやハサミと、力が伝わるペンチなどになってくれた。

 翠乃沃土は自在に自分を変化できるので左腕に腕輪となって取り付けた。花草水月は無造作に置いてあった鋼かなにかの鉄線を丸めてリングにして腰ベルトにぶら下げ、そこに差し込んだ。ちなみに鞘が無くて抜き身なんだよね。


 注意深く武器を調べているときに、隠し通路があるのを発見。そこへ進んでいく。方角としては東なので、兵士さんを越えるかもしれない。


 今なら兵士さんとでも対峙できる。殺せるかどうかは、わからない。

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