第6話 ヒュドラの棲家
「じゃあ行くからね。一気に駆け抜けるよ〜」
「おうっ!」
『アイス』
ニックのトリガーワードによって、目の前の沼地がみるみる凍っていき一本の道を作っていく。そしてそこをエドガーを先頭に駆け抜ける。
氷の上を走るのは沼の中を進むのよりも圧倒的に早く進めるし、さらに音もあまり立たないので今のところヒュドラに気づかれていない。
「ヒュドラに気づかれないね。これいけるかも」
小声でニックがそう言うと、前にいたエドガーが反応した。
「いや、目の前にヒュドラがいるぜ」
「本当? 僕はまだ見えないんだけど……」
「このまま行くと完全にぶつかるな。少し右に道を曲げれば避けられると思うぞ」
「おっけー。ちょっと右寄りに曲がるね」
それから少し走るとニックにもヒュドラが目視できたようだ。ニックの視力も悪くはないのだが、エドガーの視力が人間離れしている。
「本当にいた。あのまま行ったら完全にぶつかってたね。エドガーありがと」
「おう、これからも見えたら言うからな」
「よろしく」
そうしてヒュドラを上手く避けながら走ること一時間、まだまだ沼地の終わりは見えないが、ヒュドラも上手く避けつつここまで来れたので油断していたその時、急に沼の中からヒュドラが飛び出してきた。
「うわぁっ! ちょっと、沼の中からとか反則! そんなことできるの!?」
「ニック、戦えるように足場を広げてくれ! さすがにここまで近づかれると逃げるのは難しい!」
「りょーかい!」
アーネストのその言葉に、ニックが一瞬で半径五メートルほどの円形の足場を作り出す。そしてその足場からエドガーが大剣を構えてヒュドラに飛びかかった。
しかし上手く避けられて、頭一つにかすり傷を与えられただけだ。
「くそっ、変な動きをしやがって!」
普通は飛び上がって高い場所にいる敵を斬りつけに行ったらその後は落ちるしかないのだが、そこはさすがSランク冒険者、他のヒュドラの首を足場にして体勢を立て直し、もう一度先ほど掠った首めがけて飛ぶ。
その途中で襲ってくる頭は上手く大剣でいなし、目的の首を大剣で上から叩きつけた。
「グギャッ!」
ヒュドラの一つの頭はそんな声を発しながら絶命した。
「よしっ、まず一つだ」
エドガーがそうして一つの頭を倒している間に、アーネストはエドガーが首を足蹴にして少しのダメージを与えた頭をレイピアで一突き、絶命させていた。
今回ニックは魔力を温存するために戦いには参加していない。よってグレンはニックの護衛だ。ニックに向かってきた頭を上手くいなしている。
「エドガーあと三つだ!」
「おうっ!」
昨日の経験から、ヒュドラは五つの頭を倒されると動きが鈍ったり襲って来なくなったりすることが分かっているのだ。その経験からとにかく五つの頭を素早く倒すことを目標にする。
「エドガー、飛び上がったら一撃で倒さなくてもいいから三つの頭を下に叩きつけられないか? それかさっき首を足蹴にしたようにして、頭を下にくるようにして欲しい。俺がそのタイミングで下から倒す」
「分かった。やってみる」
二人は隣り合って剣を構え、少しだけ作戦会議をした。そしてまたすぐに戦い開始だ。
まずはエドガーが身体強化によって、あり得ないほどのスピードでヒュドラの頭まで飛び上がる。しかしそのまま大剣で倒すのではなく、エドガーはヒュドラの首の上に乗った。
「アーネストいくぞ!」
「ああ!」
エドガーはそう叫ぶと自分が乗っている首から再度飛び上がり、まずはその首を大剣で下に叩きつけた。そこまで力を入れずに叩きつけたことでヒュドラの頭は倒せていないが、エドガーの体勢も崩れていない。エドガーはそのまま次の首に飛び乗りまた同じことを繰り返す。
そしてその攻撃で地面近くまできたヒュドラの頭はアーネストのレイピアの餌食となる。ヒュドラは何が起きているのか分からないうちに絶命しているだろう。
その連携を続けること三回、ついにヒュドラが俺達への攻撃をやめて逃げる体制に入った。
「エドガー、終わりだ」
「おうっ」
エドガーは危なげなくヒュドラの上から飛び降りてきた。ニックもちゃんと、エドガーが飛び降りてきた場所の氷を分厚くするのを忘れていない。見事な連携だ。
「今の連携は良かったな。これからはあれでいこう」
「確かにあれならヒュドラも怖くねぇな」
「じゃあ、別のヒュドラが来る前に早く先に行こ」
「そうだな。ではニック、また道を頼む」
「うん!」
――そうしてそれからも何度かヒュドラに遭遇したが、同じような連携プレーで危なげなく倒すことができて、ついにエドガー達はヒュドラの生息域である沼地を抜けることに成功した。
既に辺りは暗くなり始めている。夜になる前にギリギリ駆け抜けられたようだ。
「やっと抜けたよ〜。予想以上に長かった。これ帰りもあるんだよね? しかもアーシェラもいるんだよね? 大変だね……」
「確かに帰りはまた考えなくてはいけないな。今の方法で帰りも駆け抜けるとして、アーシェラは誰かが背負う必要があるだろう」
アーシェラの聖女としての力は本当に凄いものだが、本人の体力や身体能力は普通の少女と変わらない。なので帰りはアーシェラをずっと誰かが背負う必要があるのだ。
「……隣国の奴ら、アーシェラを無理に走らせたりしてないよね? というかさ、人が通った形跡が今まで一切ないけどそんなことってある?」
そう言うニックの顔は怒りに満ちている。本当はアーシェラは転移で安全に隣国まで連れ去られたのだが、さすがにアーティファクトの転移まで推測できないエドガー達は、この険しい道をアーシェラが敵に連れられて踏破したと思っている。
さらに全く痕跡がないことから、もしかしたらどこかで魔物にやられてここまで来てないんじゃないか。そんなことまで頭をよぎっている。しかしさすがに誰もそれは口にしない。
「聖女なんだから大切に扱われていると思おう。それから痕跡は魔物がここまで多ければ、消えていてもおかしくはない」
アーネストが自分に言い聞かせるように言ったその言葉に、皆が同意するように頷く。皆もそう信じたいのだ。
「今日はここらで休むとするか? それとももう少し進むか?」
「僕はもう少し進んだ方がいいと思う。さすがに沼が近すぎるよ」
「私もその意見に賛成です」
「私もだ」
「じゃあもう少し進むか。行くぞ」
そうしてそれからまた三十分ほど先に進み、エドガー達はちょうど休める場所を見つけてそこに止まった。
アーシェラの安否を一度不安に思ったらどうしても気になってしまい、少しだけ暗い雰囲気の中で口数少なく夜は更けていった。
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