第7話 隣国

 ヒュドラの棲家を駆け抜けてからさらに一週間、ついにエドガー達は暗黒山を抜けて隣国に入ることに成功していた。

 今エドガー達がいるのは暗黒山の麓から続く森の中だ。この森をずっと進んでいくと、王都近くまで行くことができる。


「それでこれからどうする? このまま森の中を進んで王都まで行くか、どこかの街に一度寄って情報収集するか」

「難しいよね〜。でも僕は王都にそのまま行ってもいいと思うよ。だってここにはグレンがいるし」

「私、ですか?」

「うん! グレンは諜報部隊の一員で隠密行動に長けてるから、無理にこの辺の街で情報収集しなくても王都で情報を仕入れられるかなと思って。僕達だけだったら顔も売れてるし王都で動き回るとそれだけ気付かれる危険性も上がるから、この辺の街に寄った方がいいかもしれないけど」


 ニックは今までの道中で完全にグレンを信頼していたのでこの言葉が出たのだが、グレンからしたらここまで素直に信じてもらえるということが初めての経験で、表情は変わっていないが泣きそうなほどに感激している。


「確かにそうだな。問題は王都で検問をやっているかという点だ。聖女を奪ったのだから取り返しにくることも想定し、検問が張られている可能性が高いだろう。もしそうなった場合は強行突破しかないかと思っていたのだが、そうなると王都で情報を仕入れることができなくなる」

「確かにそっか〜。アーシェラがどこにいるのか一切の情報なしで突撃するのも効率悪いよね。でもそもそもさ、情報なんて出回ってるのかな?」

「まあそこも問題だな。私達は王宮にいるだろうと当たりをつけているが、違う場所にいる可能性も少なからずある」


 実際にアーシェラは王宮の一室に軟禁されているのだが、その事実を知らない四人はそもそもアーシェラは本当に王宮にいるのか、その点でも悩んでいる。


「もうめんどくせぇなぁ。いっそのこと情報なんて集めずに王宮に突撃して、王を捕まえて尋問すれば居場所を吐くんじゃねぇか?」

「確かに……それは一理あるな」

「それ楽でいいね。でもさ、どれだけ騎士や兵士がいるのかにもよるよね。さすがに数が多すぎると僕達でも大変だよ〜」

「それは行ってみなきゃわかんねぇからな」


 そんな堂々巡りの話し合いを中断させたのはグレンの一言だ。


「あの、私ならば検問は問題なく王都に潜入できます」

「……そうなのか? どのようにして中に入るのだ?」

「王都の市民権を持っているのです。以前潜入した時に偽造しておきました」


 グレンは以前の仕事で隣国の王都で諜報活動をやっていたことがあり、その時に市民権も作っていたのだ。王はそのことも加味して今回のメンバーにグレンを選んだのだろう。

 この三人だけではなくグレンをメンバーに加えた王の采配は、素晴らしかったと言えよう。


「グレンさすがだよ! 頼りになる!」


 ニックが笑顔でグレンをそう讃える。その素直な賞賛に、グレンの顔は少しだけ赤くなっているようだ。無表情が常のグレンにとっては相当に珍しいことである。


「ありがとうございます……」

「ではこのまま王都まで行き私達三人は森の中で待機、その間にグレンは王都に潜入し情報収集。グレンが持ち帰った情報を元に今後の作戦を立てる、これでいいか?」

「僕はいいよ〜」

「俺もいいぜ」

「私にそのような大役を任せていただけるのであれば、必ず役目を果たしてみせます」

「ではまず王都の近くまで行こう」


 そうして四人は今後の方針を固め、王都近くまで森の中を駆けていくことにした。暗黒山と比べたらわざわざ攻撃をする必要もないほど弱い魔物しかいない森の中には四人を阻むものはなく、普通の人間ならば数日かかるところを一日で踏破した。

 つくづく人間離れした者達である。


「もっと時間かかると思ってたけど、予想より早くついたね」

「ああ、森の中に魔物が殆どいなかったよな」

「暗黒山と比べると張り合いがなかったな」


 三人はこうして愚痴をこぼしているが、この森にももちろん魔物はたくさんいるのだ。しかしほとんどの魔物は三人の気配に遠くへ逃げていき、たまに勇敢な魔物が近づいても三人は弱い魔物には目もくれないので、三人の中では魔物がほとんどいない森ということになる。


「もうすぐ完全に暗くなる時間だがどうする? 今日はここで休み明日の朝に王都へ入るか?」


 アーネストがグレンにそう聞いた。するとグレンは首を横に振る。


「いいえ。暗くなるギリギリに王都へ戻る者は多いでしょうし、暗さが顔を隠してくれるのでこれから王都に向かいます。皆様はここで少しお待ちください。早ければ数日で、遅くとも一週間以内には戻って参ります」

「分かった。では頼んだぞ」

「グレンよろしくね。気をつけてね〜」

「待ってるぜ」

「かしこまりました。ではまた後ほど」


 そうしてグレンは三人から離れ、王都の入り口である門まで向かっていった。


「グレン大丈夫かな?」

「まあ大丈夫だろう。実力は相当のものだろうし」

「あいつすげぇよな! 俺達のスピードにも普通に付いてきて戦いの邪魔をすることもなく、それどころか俺達が戦いやすいようにサポートしてたぜ」

「優秀だよね〜。だから絶対に有力な情報を集めてきてくれると思うよ!」

「そうだな。俺達はここにいることがバレねぇように待ってるとするか」

「ああ、そうしよう」


 そうして三人は久しぶりの安心できる森の中で、少しだけ気持ちを緩ませながらゆっくりと食事の準備を始めた。



 一方その頃のグレンは、王都の居酒屋で酒を飲んでいた。その居酒屋は王宮近くの隠れた名店で、騎士や王宮の使用人もよく訪れる場所なのだ。

 酒を飲んだ人間は往々にして口が軽くなるもので、このような場所は情報を仕入れるのには最適だ。


「ほんと嫌になっちゃうわよね。一時間で最高級の設備を整えろ! だなんて命令あり得る?」

「なに、そんなこと言われたの?」

「そうよ。二週間前ぐらいだったかしら、急にメイド長がやってきてそう言われたのよ。それで皆で必死に最高級のリネンを集めて洗濯して乾かして……もう大変なんてものじゃないわよ! なんで急に言うのかしらね。前もって言えっつうの」

「本当よね。上の人たちは下の苦労なんて考えてないのよ。それで失敗したら全部下のせいにするんだから。本当に酷いわ。あーあ、早く私を貰ってくれる素敵な旦那様は現れないかしら。結婚してさっさとこんな仕事辞めたいわ」

「私もよ。いつか絶対に素敵な殿方と結婚して辞めてやるんだから」


 女性二人組がお店の端でそんな会話をしている。一応周りには聞こえないように声を潜めているつもりのようだが、かなり酔っているのか声が大きくなっていて、近くのテーブルまでなら声が届いている。


 ちょうどその隣のテーブルで一人静かに酒を飲んでいたグレンにも、もちろん会話は聴こえている。


「お嬢さん達、大変なんだね」


 グレンが女性二人の方に少しだけ顔を向け、色気たっぷりに微笑んだ。グレンは基本的には無表情なのだが、仕事上で必要な時はどんな顔でもできる。

 

「あらやだ、お兄さん聞こえてた?」

「もう、恥ずかしいわ」


 女性二人は急にカッコいい男性に話しかけられて、頬を赤く染め恥ずかしそうにしている。


「少しだけ聞こえてきてね。盗み聞きするつもりはなかったんだ。それにしても大変な仕事をしてるんだね」

「分かってくれるの?」

「もちろん。さっき少し聞いただけでも大変そうだなと思ったよ。あっ、聞いたことは僕の心の中だけに留めておくから安心して。職務上で知り得たことは話してはいけないとかあるでしょう?」


 女性二人は、自分達の仕事の大変さに共感してくれる素敵な男性という存在に一気に惹かれた。そしてさらに、その男性自ら聞いたことは秘密にすると宣言してくれたことで、一気にグレンへの信頼度を高めている。


 もしこの女性二人が酒を飲んでいなければ不信感を持ったかもしれないが、女性達はもうかなりのお酒を飲んでいた。グレンにとっては幸運だが、この女性達、ひいてはこの国にとっては不運である。


「そうなのよ。だからあんまり愚痴も言えなくてストレスが溜まってて……」

「僕でよければ話を聞くよ。今夜限りの出会いだろうし、そんな相手に少しぐらいは愚痴を吐き出しても許されるんじゃないかな。いつも頑張ってるご褒美だよ」


 グレンのそんなセリフと微笑みに女性二人は呆気なく陥落した。そして愚痴という名の機密情報をたくさん話してくれる。

 もちろん女性達も最低限の秘密は守っているのだ。しかしさまざまな話をつなぎ合わせるとグレンの知りたい情報になっていく。


 そうして一時間ほど情報収集をしたグレンは、上機嫌な女性達と別れて暗闇に消えた。

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