第5話 暗黒山の頂上

「ニック!!」

『メテオ』


 エドガーがヒュドラに大剣で攻撃を与え、少しだけヒュドラが後ろにのけぞった瞬間に、ニックがメテオを浴びせた。

 メテオとはニックのオリジナル魔法で、沢山の隕石を降らせるものだ。一帯の魔物を壊滅させたい時にだけたまに使う。しかしヒュドラはその攻撃にも耐えてまた起き上がってきた。ありえないほどの耐久力だ。


「なんでヒュドラがこんなにいるんだよ! ヒュドラって伝説上の生き物じゃなかったのか!?」


 エドガーがそんな悪態を突きながらも、ヒュドラに向かって飛び掛かる。そしてヒュドラの一つの首を切り落とすことに成功した。しかしヒュドラはそのまま動き続けているようだ。

 ヒュドラとは頭が九つもある蛇型の魔物なので、頭を全て落とさない限り死ぬことはないのだ。今まではその存在がまことしやかに囁かれていた程度で、実際に戦ったことがあるという者はいなかった。


 そんなヒュドラが暗黒山頂上付近にある沼地に、数えきれないほど生息している。エドガー達四人は知らないうちに生息域に入ってしまったようだ。


「はっ!」


 アーネストがレイピアで正確に目から脳までを貫き、また一つ頭を潰した。


「これダメだ。このままじゃ僕たちの体力と魔力が尽きるのが先だよー! 一旦下がる?」


 後ろから皆の戦いを魔法で補助していたニックがそう叫ぶと、エドガーとアーネスト、それからグレンがニックのいる場所まで戻ってきた。

 グレンは暗殺が専門といいながら、ナイフを巧みに操り確かにヒュドラへダメージを与えていた。


「確かにこれではジリ貧だな。一度下がって体制を立て直そう。この沼地は迂回も考えた方がいいかもしれないな」

「僕もそう思う。でも迂回もまた難しいけどね」

「ヒュドラと戦えるなんて楽しいが、確かにここは一度引いた方がいいな」

「私も同意見です」


 この三人は戦闘馬鹿だが、命を危険に晒してまで強敵に突っ込んで行くような馬鹿な真似はしない。しっかりと自分の実力を把握して戦いを楽しんでいるのだ。


「じゃあ一度下がろう」

「ああ」


 それからはヒュドラを倒すのではなく躱すことに専念して、沼地から抜け出した。ヒュドラは沼から抜け出すと実力を発揮できないのか、それよりは追ってこない。


「はぁはぁ、僕ちょっと疲れた……」


 この中で一番体力が少ないのが魔法使いのニックだ。それでも常人離れした体力なのだが、さすがにヒュドラの群れとの戦いでは消耗したらしい。


「もう夜になるし今日はここらで休むとするか。それで明日どうすればいいか考えようぜ」

「そうだな」


 そうしてその日は軽く食事を取ったあと、交代で見張りをしながら早めに眠りについた。眠る時は分厚めの布を敷いてその上に寝ている。寝袋ではすぐに逃げられないので使わないのが普通だ。


「明日はどうするべきか。沼地がどこまで続いているのかも分からない以上、迂回するというのも難しいが……」

「そうだよね〜。これはちょっと厄介だね。ヒュドラが強いって言うのもあるけど、沼地で足を取られるのも苦戦する理由だね」


 そう話しているのはアーネストとニックだ。今日はエドガーとグレンが先に休んでいる。


「何かいい方法があればいいのだが……」

「僕一つだけ思いついてることがあるんだけど、でも上手くいくのか分からないんだ」

「そうなのか? 話してくれ」

「僕の魔法に氷魔法があるんだけど、それで沼地を凍らせたらどうかなーと思って。僕達が走る一本道だけを凍らせるならそこまで魔力も使わないから。それでヒュドラは最低限しか倒さずに、とにかく駆け抜けたらどうかなーって」


 ニックのその言葉を聞いて、アーネストは真剣な表情で考え込む。


「やってみる価値はあるな。やはり体力的にもアーシェラのためにも早めに救出に行きたい。迂回するのはどれほどの距離かわからない以上、リスクが高すぎる」

「じゃあ、明日の朝二人にも提案してみよっか」

「そうだな」


 それからは言葉少なに時間が過ぎ、途中で見張を交代して朝になった。


 そして軽く朝食を食べながら、昨日の作戦をエドガーとグレンにも話す。二人の反応は概ね好意的だった。


「俺はいいと思う。問題は向こう岸までニックの魔力が保つのかってところと、氷の上を走れるのかってところだな」

「私も賛成です。というよりも迂回ルートは未知数です。そちらにも厄介な魔物がいるかもしれませんし、敵がわかっている正面突破が一番かと」


 この旅でグレンも心を開いてきたようで、普通に意見を口にするようになっている。


「僕の魔力は寝て満タンになったから、数キロなら大丈夫だよ。さすがにそれ以上沼地が続いてるってことはないと思うけど……それから氷の上を走るのも問題ない。氷って溶けると滑るけど、全く溶けてない氷ってそこまで滑らないから。ちょっと試してみようか」


 ニックが立ち上がって近くに一本の氷の道を作った。ここには沼はないので、水魔法で作り出した水を凍らせたようだ。


「ちょっと皆で走ってみよ〜」

「おうっ!」


 それから四人は氷の上を何回も走り、どの走り方なら転ばないかを研究した。そして靴に転ばないように少しだけ細工もし、準備は整ったようだ。


「これで大丈夫そうだな。じゃあ早速行こうぜ」

「うん。あっ、順番はどうする? 僕が先頭はちょっと避けたいんだけど……」

「先頭は俺しかいないだろ! 俺の大剣は盾にもなるからな」


 エドガーはそう言ってニカっと笑顔を浮かべた。この三人のいいところは、自分の苦手なところは素直に告げて相手に頼ることができるところだ。


「では先頭がエドガーでその後ろがニック、次がグレンで最後が私でいいか?」

「なぜ私が三番目なのでしょうか?」

「このメンバーでいると私がリーダーのようなものだからな。後ろから指示を出せるように全体を見回したい。それにグレンの暗器よりも、私のレイピアの方が近接戦に優れている」


 アーネストのその言葉にグレンは納得したように頷いた。やはり疑問を素直に口にできるようになっているからいい傾向だ。

 グレンは王家の諜報部隊に辿り着くまでの人生で、親に裏切られ助けてくれた人に裏切られと壮絶な人生を送ってきた影響で、人を信じることができなくなっている。

 唯一信頼しているのはグレンを救い引き上げてくれた王に対してだけだ。その王でさえ、何年も時間をかけてやっとグレンを使い捨てにはしないと分からせたのだ。


 王は今回の作戦になぜグレンを選んだのか、もちろん実力もあるが仲間を作って欲しいと思ったのだろう。同世代の仲間や友達は何物にも代え難いものだ。


「よしっ、そろそろ行くか。朝早い時間ならヒュドラの奴らも寝てるかもしれねぇからな」

「そうだな。確かに早い方がいい」

「僕の魔法も気温が低い方が凍らせやすいから、早い方がいいかな」

「私も問題ありません」

「じゃあ行くか!」


 そうして四人は立ち上がり、昨日は敗北を喫したヒュドラの棲家に向かった。

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