幼馴染が告白されちゃいました。

朱ねこ

後悔しないように

 高校三年生の春、渡辺奈緒にとって衝撃的な出来事が起きた。


 いつもの帰り道。

 奈緒の右隣には、少し姿勢の悪い、猫背な男子高校生が奈緒と同じペースで歩く。ちょっと長めの前髪が目に被りそうだ。


「ゆうととクラス離れちゃって残念だよ」


 歩きながら、奈緒は不貞腐れるように言った。

 斉藤優斗は、そんな奈緒を見て困ったように曖昧な笑みを浮かべた。


「仕方ないよ」

「だけど、つまんないんだもん」


 去年は優斗と同じクラスで、休み時間はほとんど優斗に話しかけていた。友達がいないわけではない。

 周りは奈緒たちのことを気にしていたようだが、奈緒は優斗のそばにいた。奈緒はただ優斗の隣にいたかったのだ。


 奈緒と優斗は、家が隣同士で幼い頃からよく共に遊んでいた。好きな遊びはそれぞれ違い、奈緒はお絵描き、優斗はアニメやゲームに夢中だった。それでも、同じ空間にいた。

 お互いに違うことをしていても、一緒に楽しむ時間が好きだったからだ。


「奈緒は、僕以外にも友達がいるんだから楽しそうだけどなぁ」

「それとこれとは別なの」

「難しいなぁ」


 乙女心は伝わらない。

 奈緒は垂れている長い黒髪の先を指でくるくるといじる。中学一年生の時、長い髪が好みだと優斗が言っていた。


 想いは募るばかりで、言葉にできない。

 伝えてしまえば、この安定した関係性が終わってしまう。


 何もしなければ何も変わらない。優斗と離れる可能性があるのならばと今のままの関係性を望み、動けなくなってしまう。


 いつもと変わらない帰り道。少し手を伸ばせば触れられる距離に優斗がいる。

 でも、手を伸ばす勇気は持っていなかった。

 近くて、遠い。


 角を曲がれば奈緒と優斗の帰る家が見えてくる。曲がろうとしたとき、優斗が沈黙を破った。


「僕、告白されたんだ」

「……えっ?」


 奈緒の足が止まる。一瞬言葉の意味がわからなかった。恋愛とは無縁のように思えた優斗に、誰かが告白をした。

 奈緒は耳を疑った。


「こ、告白って、恋愛的な意味で?」

「うん」

「だっ、だれが?」


 優斗との距離を詰める奈緒に、優斗は困ったような顔をする。


「隣のクラスの、白井愛さん」

「白井さんに!?」


 奈緒は、自分以外にも優斗を好いている者がいることに動揺を隠せなかった。

 愛は大人しい性格だが胸の方は真逆で、可愛らしい顔立ちをしている。同性の奈緒でも可愛いと思えるほどだ。


 あんなに可愛い子に告白されたら、はいと応えてしまうのではないか。

 奈緒の心中では焦りと後悔が膨らみ始めていた。


「それで、なんて答えたの?」


 奈緒は聞きたくないけれど聞いてしまう。もしかしたらという希望は捨てられない。


「返事は急がなくていいって、言われたから」

「そっ、か」


 愛は優斗に考える時間を与えたかったのだろうか。それとも、その場で返事を聞くのは怖かったのだろうか。

 どちらにせよ、今が奈緒に残された最後の機会になるかもしれない。


「ゆうとは、なんて答えるの?」

「……断ってほしい?」


 優斗がなぜそんなことを聞くのか、奈緒にはわからない。

 欲を伝えれば、叶えてくれるというのだろうか。ここで奈緒が引き止めたら、優斗は行かないでくれるのだろうか。


 もし、奈緒自身の言葉で優斗の行動が決まるのだとしたら、本当にそれで良いのだろうか。


 奈緒は優斗の質問に答えるのをやめた。


「……うーん、寂しいなと思うよ。けど、優斗の気持ちが大事だと思う」

「寂しいかぁ、ずっと一緒だったもんね」

「そうだね」


 奈緒の本音には変わらない。

 優斗の心は誰のものなのだろうか。それとも、誰のものでもないのだろうか。奈緒にはわからない。

 俯きがちだった優斗は顔を上げた。


「僕ね、好きな子がいるんだ。だから、断るよ」

「そっか……」

「その方が、いいと思うんだ」


 優斗は自分に言い聞かせるように言った。

 断ることに躊躇っていたのだろう。


 そんなところも優斗らしい。優斗の優しさは自分をも傷つけるのだろう。


「断るのなら、早くても遅くても傷つけてしまうよ」

「遅いよりは、早い方がまだいいよね」

「たぶん……」


 繊細な人だ。告白の答えは決まっていて、仕方のないことなのに踏ん切りをつけられなかったのだろう。


「うん、ありがとう」

「いいえだよー」


 奈緒は笑って優斗の頭を撫でる。


「わっ」

「ふふふー」


 優斗の柔らかい髪がぼさついてしまう。それを撫で下ろし、優斗から離れてまた歩き出す。


 今告うのは、優斗に酷だろうか。

 でも、もうこんな辛い思いをしたくない。

 変化を望まなくても、いつかは変わる。


 後悔しないように、今告白したい。


 奈緒は、優斗の左手を掴んだ。


「あのね、私、優斗が好き。ずっと好きだった。これからも一緒にいたい。私と付き合ってくれませんか?」


 震える声でなんとか告げた。ちゃんと告えていたか、怪しいけれど。



 大粒の涙を溢した奈緒に、慌てた優斗は泣き止むまで奈緒の頭を優しく撫でていた。

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