第百六話 天狗の顔
九尾の尻尾は、後頭部側から小天狗の顔にかぶさるように覆い、一瞬で変化した。
「おおっ、これは凄い!」
小天狗の顔が一瞬で、狼にも似た気品ある犬のモノに変わって、暗鬼は驚いた。
その暗鬼の声に振り返った小桜も、
「あっ、天狗様!」
そう言って近づいて来ると、
(シショ)
小珀までが駆け寄って来た。
小天狗が閃いてイメージしたのは、師匠である天狗の顔であった。
顔を覆った九尾の尻尾は、皮膚の一部になったようにフィットし、視線の先に伸びた鼻先が見えることを除けば、全く被っている違和感もなく、犬タイプの獣人にしか見えない。
「キミの師匠の御神獣様は、こういう顔をされているのか」
そう暗鬼に言われたものの、
「いや、オレには見えてないんで…」
と、助けを求めるかのように、小天狗は小桜を見た。
「毛の色が真っ白なのは違いますけど、天狗様のお顔になってます」
あちらの世界で天狗を初めて見た時のように、とても尊くて素晴らしいものを見たような表情で、小桜は小天狗に返した。
それを聞いて小天狗は、御池のほとりに向かい、御池を水鏡にして自分の顔を見た。
(うわ、マジで師匠じゃん!ていうか、これじゃ犬人間だよ)
九尾の尻尾の再現能力の高さに、小天狗は若干惹き気味の感想を抱き、改めて自分の顔を覆ったマスクに触れた。
耳は柔らかく触感は犬の耳そのものだし、鼻先の部分も触ってみたが、しっかり骨が入っているような強度があり、口の開け閉めも出来る。
(リアル過ぎて、マスクというより特殊メイクだな…デザインは改めて考えよ)
小天狗は九尾の尻尾を元に戻し、暗鬼たちのところに戻った。
「どうした?あのままでよかったのに」
冗談めかしではなく、大真面目な顔で暗鬼が聞くと、
「出来が良すぎて気持ち悪くて…」
バツが悪そうに小天狗は答えた。
「私は嫌いではなかったが、とにかく、顔を隠して動くのに、その尻尾は便利そうだね」
「ハイ、マスク…じゃなくて、覆面の形は帰ってから、じっくり考えます」
「帰る時は、今ので帰ったらどうですか?天狗様きっとビックリされますよ」
そばで聞いていた小桜が、そう言って、いたずらな笑顔を見せた。
それを聞いて暗鬼までが、
「うむ、獣の呪いをかけられたと言えば、皆信じそうだ」
と、話に乗っかって笑った。
「怒られるの俺なんだけど…」
苦笑いしながらも、そのドッキリを試したい気持ちを、小天狗は強く持った。
しばらく三人で和やかに話していると、小天狗の傍らに座っていた小珀が、何かを察していきなり走り出した。
小珀が走って行った先には、所用で王都に出かけていた、華鈴と銀嶺郎の姿があった。
「あ!柘植暗鬼さんだっ!」
自分の家の庭先に、暗鬼の姿を見つけた銀嶺郎は、そう叫ぶと、浮遊の気を使って地を滑るように、一気に三人の元に近づいた。
「初めまして、僕、尾上銀嶺郎って言います!よろしくお願いします」
銀嶺郎は暗鬼に対し、深々とほぼ直角に頭を下げた。
「黒曜丸君の弟さんだね、柘植暗鬼だ。よろしく銀嶺郎君」
暗鬼が笑顔で挨拶を返すと、
「暗鬼さんって笑われるんですね」
銀嶺郎は、驚いた表情を見せて言った。
「失礼だよ、銀ちゃん!」
小桜が銀嶺郎に注意したのを見て、
「剣士隊の仕事の時は、無表情で無愛想だからね、笑うと驚く人も多いんだ」
暗鬼は、銀嶺郎を庇うかのように、小桜に説明した。
「無表情な時も、今もカッコいいです!」
実は銀嶺郎は、剣士隊隊長の中では暗鬼推しであった。
実際に暗鬼を見たのは、兄黒曜丸の隊長着任式の時の一度だけだが、忍びという特殊技能集団を束ねる頭の、その神秘性を体現した雰囲気に、銀嶺郎は魅了された。
「忍者って剣士と何が違うんですか?忍者も気を使ったりします?」
情報過多な小天狗の世界とは違い、こちらの世界では、忍びの存在自体は知られていても、その剣術、体術、技術などは門外不出とされ、実際に対戦でもしない限り、目の当たりには出来ない
「剣士との違いかい?一番は
「えっ⁉︎狡さ?」
「お務めのためなら、卑怯なことをしてでも全うする、例えば毒を使うとかね」
暗鬼は申し訳なさそうに、小天狗を見た。
「剣術と体術だけでも、暗鬼さんは超一流だよ」
と、小天狗は暗鬼の援護をしようとして、
「あっ、何か上からみたいな言い方してしまって、すみません!」
自身の言い方を反省した。
「いや、私が負けたのは事実だからね」
暗鬼は小天狗の肩をたたき、
「そうそう、もちろん我々も気は使うよ、小天狗君にはかなわないけどね」
きちんと銀嶺郎の質問に答えた。
「小天狗さん、暗鬼さんと勝負して、勝ったんですか⁉︎」
銀嶺郎は目を輝かせ、小天狗に詰め寄った。
「勝ちはしてないよ…」
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