第百五話 従兄弟

このバカが、迷惑をかけたようだね」

 

 申し訳なさそうに、それでいて、少し怒りを抑えた様子で、柘植暗鬼は声をかけてきた。

 

「先日の報告に王都に戻っていたのだが、里から、君の話を聞いたコイツが、姿を消したという連絡を受けて、もしかと思い来てみたら…」

「誰なんですか?その人」

 

 小珀に気を送りながら、小天狗は暗鬼に尋ねた。

 

「里長の孫で、私の従兄弟だ」

 暗鬼は大きなため息をつき、

「才に長けた奴ではあるが、忍びとしては気性に難があり、キミにも迷惑をかけてしまった…申し訳ない」

 と、小天狗に深く頭を下げた。

 

「こちらこそすみません、力の加減を間違えて、大怪我させてしまいました…」

 その男に対して良い感情は全くないが、大怪我をさせたことだけには、小天狗は後悔している。

 なので、

「ウチの狼の毒抜き治療が終わったら、その人の治療に入ります」

 暗鬼の従兄弟だからという理由ではなく、本気でそう思って言った。

 

「いや、このまま連れ帰るよ、反省するかはわからないが、コイツには灸をすえた方がいいのでね」

 そう言って暗鬼が手を挙げると、気配を消して控えていたらしい、二人の部下が姿を現し、気を失ったままの暗鬼の従兄弟を、抱き抱えて連れて行った。

 

「アイツはその狼も狙ったのかい?」

「いえ、彼のクナイを払った時に…」

「私に当たりそうになったのを、庇ってくれたんです」

 気持ちを抑えきれずに、小天狗の言葉を遮るように、小桜が説明した。

 

「まだ子狼なのに、大した忠誠心だね」

 暗鬼はそう言ってから、

 

「お嬢さんは黒曜丸君の妹さんだね、名乗りが遅れて申し訳ない、私は柘植暗鬼だ」

 今日、初めて笑顔を見せた。

 

「ハイ、小桜と申します」

 

 小桜が名乗ったのとほぼ同時に、小珀が目を開け首を起こした。

 

(コザクラ…)

 

 小珀に名を呼ばれ、

「コハちゃん!」

 小桜は小珀に駆け寄って抱き抱えた。

 

「たぶん、もう大丈夫」

 手甲にしていた九尾の尻尾を、尻尾の状態に戻して、小天狗は首に巻いた。

 

 小珀は毒にやられていたのが嘘のように、元気に小桜と遊び、それを見ながら、小天狗は暗鬼と話を始めた。

 

「あ!白露様には、暗鬼さんのこと話しておきましたよ」

「かたじけない、近いうちに必ず伺わせてもらうよ!」

 忍びらしくない明るい表情を見せて、暗鬼は相好を崩すと、こちらも思い出したかのように、

 

「そうだ!轟天大将がキミに興味を示されていたよ」

 

 これには小天狗も相当驚き、

「マジですか?もうちょっといられたらなぁ…会いに行ったのに〜」

 と、心底残念そうに表情で悔しがった。

 

「いつ戻るんだい?」

「明日です」

「そうか、残念だ」

「俺もです…」

 

 しかし、当初の予定とは違い、尾上の家で小珀を預かってもらうので、マメにこちらに来ることを話すと、

 

「それはあまり話さない方がいいよ、今日のことからもわかるように、キミは有名人だからね」

 

 暗鬼に有名人だと言われ、小天狗は複雑な気持ちであった。

 

 あちらの世界では、気の扱いを習得すればするほど、なるべく目立たないようにしていた。

 それでも非凡な運動神経のせいで、目立ってしまうこともあり、友人と深く付き合うことも避け、一人でいるようにしていたが、そのこと自体は、それほど苦でもなかった。

 

 そんな自分が、こちらの世界に来てから、やたら人と絡むことが増え、そのほとんどの人が、こちらの世界の有名人たちで、その結果、自分までが有名人になってしまっていたとは…。

 

「しばらく消えてれば、忘れられますよね」

「いや、噂に尾ひれがついて、名前だけが一人歩きするだろうね」

 

 暗鬼の答えはもっともで、正直なところ小天狗にも予想はついた。

 

「ただしキミの場合、顔はほぼ知られてないから、逆に顔を隠したまま、尾上小天狗を目立つ存在にしてしまえば、キミ自身の身を隠すことも出来る」

 

(それってヒーロー物のお約束じゃん…)

 そう思いつつも、既に『小天狗』という別名をつけてる時点で、こちらの世界の自分は『尾上数多』とは別の自分である。

 

(マスクマン小天狗も有りかな…)

 

 ふと閃いて、小天狗は九尾の尻尾に手をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る