第百四話 怒り
小天狗が残った二本のクナイを無効化し、振り返って目にしたのは、小桜をかばうように跳び上がり、クナイを肩口に受ける、小珀の姿であった。
「小珀っ!」
小珀は小桜の前に着地し、小天狗の声に反応して、小天狗を見たままゆっくりと倒れた。
「ナニしやがった⁉︎けど、そうでなきゃなぁぁ!」
クナイとの気を全て断ち切られ、男は怒りと喜びの入り混じった、甲高い叫び声をあげると、腰の後ろにつけた袋から、次の武器を取り出そうとしている。
おそらくクナイには即効性の毒が塗ってあり、早く治療しないことには、子狼の小珀では身体が持たないであろう。
そう瞬時に判断した小天狗は、右手に持った刀を、男めがけて投げつけた。
小天狗が自分に刀を投げたのを見て、男はそれを奪おうと手を伸ばす。
しかし、その刀は男の手の届く少し手前で、花火のように弾けると、広げた両手のように変化し、男を抱えこむように、顔を除いた全身に絡みつき捕縛した。
「オマエはもう黙ってろ!」
小珀を傷つけられた怒りに、小天狗は男を捕縛した九尾の尻尾への力加減を強めた。
「グガッ!」
男の声にならない叫びと共に、ペキッという音と、数本の骨が折れたと思われる感覚が、九尾の尻尾を通して伝わり、男は意識を失った。
「え?」
小天狗としては、強めに捕まえるだけのつもりであったが、九尾の尻尾は、怒りの感情の分も加味して、霊力を増幅してしまったようである。
「・・・」
自分の意思に反して、男に大怪我をさせてしまったが、少なくともこれで男から、攻撃をされることはない。
男の治療は後回しにして、すぐに小珀を診てやらないと。
小天狗はそう判断し、男の捕縛を解くと、九尾の尻尾を手甲に変化させ、小桜に抱かれた小珀の元に駆け寄った。
「小天狗さんコハちゃんが…」
動揺した小桜は、刺さったクナイを抜くことも出来ずに、涙をいっぱいためた瞳で、すがるように小天狗を見つめた。
小天狗は躊躇することなくクナイを抜き、傷口に手を当てて気を流し、毒の巡りと弱っている場所を探った。
それと並行して、九尾の尻尾の霊力を借りて、取り込んでこんしまった毒の浄化を試みた。
まだ高校生である小天狗には、毒の種類やその毒性はわからないが、経絡に気を送って感じたのは、筋肉が弛緩し、呼吸にも影響が出ているようであった。
なので、毒の浄化と呼吸の補助に重点を置いて、気を送ることに集中し、男の存在をすっかり忘れてしまっていた。
(暗い…身動きが取れない)
手足を縛られ、目隠しをされ、誰かに担がれて移動をしている。
これで何度目であろうか?そして、必ず苦痛を与えられるのだ。
今日は、鞭で打たれるのか?水に沈められる?爪の間に針を刺される?
訓練という名の理不尽な拷問に、無力な餓鬼の自分は従うしかない。
いつか、全員同じ目に合わせてやる。
いや、大人だから、もっと・・・。
(絶対にっ!)
男は激痛で意識を取り戻した。
横たわったまま全身に気を巡らせ、男は自分の身体の状態を探った。
右の上腕と前腕と右足首の骨が折れ、左肩が外れ、肋骨にもヒビが入っている。
忍びである男は、痛みに耐える訓練はしていたが、両腕は役に立たないうえに、左足一本では自由に動くこともままならない。
伏せた状態で顔を上げると、小天狗はしゃがんで背を向け、無防備な姿で何かをしている。
男は少しだけ腰を浮かせ、僅かに動く左手で腰帯を回し、武器の入った袋を腹側に持ってくると、中から細くて短い棒を取り出し地面に置くと、両膝と右肩で身体を支えて腰を上げ、その右肩を引きずりながら、尺取り虫のように後方に下がって、その棒を咥えた。
男が咥えたのは棒ではなく吹き矢で、穴が開いており、既に毒矢が仕込んである。
男は膝立ちの姿勢になると、口に咥えた吹き矢を、唇と歯、舌を使って位置を調整、無防備な小天狗に狙いを定めた。
そして、胸の痛みに堪えながら、鼻から息を吸い込み、ニヤリと不敵な笑顔を見せた。
しかし、男が吹き矢を発射することはなく、後ろから首元に強い衝撃を受け、吹き矢を落とし、そのままうつ伏せに倒れた。
背後からのドサッという物音で、振り返った小天狗は、そこにいた人物を見て驚いた。
「暗鬼さん!」
倒れた男の傍らに、忍び装束ではないが、動きやすそうな黒っぽい衣装を身につけた、柘植暗鬼が立っていた。
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