第百三話 執拗

「そうこなくちゃなぁ〜!」

 

 男は語尾を甲高く上げて叫ぶと、低く構えた体勢をより低く沈めて、弾けるように踏み込んだ。

 

 一瞬で小天狗の眼前まで移動した男は、初手の一撃こそ、忍刀を大きく振って斬りかかったが、小天狗にあっさり受け止められ、そのまま八の字を描くように、小刻みに斬りつけ攻撃してくる。

 

 それは規則性のない、速さ任せに切り刻むことを目的とした、雑ともいえる攻撃であったが、小天狗は忍刀の刃に、毒が塗られていることも考慮した上で、冷静に見極め全てを受け払った。

 

「そう、コレだよコレ!」

 

 男は攻撃を止められることに、高揚感を抑えきれない様子で、不気味な笑顔を浮かべながら、無駄打ちでしかない斬りつけを、飽きることなく続けた。

 

(無茶苦茶だな⁉︎)

 小天狗は理性のかけらすらない、この男の攻撃に呆れながらも、反撃のタイミングをはかっていたが、動きの速さだけは侮れず、行動に移せずにいた。

 

 そうしている間に、男はその攻撃に飽きたのか、忍刀をくるりと逆手から順手に持ち替えると、素早く鋭い突きの連続攻撃に移行させた。

 

 それは、特に急所を狙ってというわけではなく、自分の突きを刀で払われた時に、空いた場所を狙って繰り出された。

 

(やっぱ刃先に毒が…)

 突きの方も、相変わらずの速い攻撃であったが、逆手の時の八の字の軌道から、前後のシンプルな動きになった分、反撃のタイミングがとりやすくなった。

 

 小天狗は男が突きを引く瞬間に合わせ、浮遊の気を使って、上体の位置は変えないまま、足の位置だけ一足分ほど下がった。

 そして、次の突きを刀で払わず、上体を後ろに下げることで避ける動きを取った。

 男の突きは小天狗を追ったが、小天狗の身体にはまるで届かない。

 男が間合いの変化に気づいた時には、ほんの僅かだが腕が伸び身体が泳ぎ、小天狗はその隙を逃さず、忍刀の柄を蹴り上げ、宙に舞った忍刀を伸ばした気で掴むと、御池に放り投げた。

 

 男はピョンピョンと、飛び跳ねながら三歩ほど下がり、目を丸くして、

 

「スゲェ、スゲェよアンタ!」

 

 そう言うと、身体を丸め両手の拳を握り締めながら、奇声を上げて全身を震わせた。

 

 男は再び両足を大きく開き、両手を顔の前でクロスさせてから、斜めに払うように広げた。

 すると、まるで手品のように、両手からクナイが三本ずつ、計六本が飛び出して地面に刺さった

 

(何で地面に?)

 小天狗が疑問に感じてすぐ、その理由は明らかになった。

 

 男は手首を曲げて、手を地面に刺さったクナイに向け、指を軽く閉じては開く動きを始めると、手のひらあたりから三本ずつ気が伸びて、それぞれクナイを包み込んだ。

 

(導気…六本同時にか?)

 先日のトカゲ頭の追手は、両手で二本の導気を操っていたが、この男は六本もどう扱うのであろう?

 

 男が手首を上に返すと、六本のクナイは地面から抜け、それぞれが違う高さで宙に浮いた。

 気が見える者が見たら、六匹の鎌首を上げた蛇のように、ゆらゆらと揺れているように見えるであろう。

 

(イタい奴だけど、この気の操作は凄いな)

 六本のクナイに対応するため、小天狗は九尾の尻尾の刀を、柄尻がヒモで繋がった、ヌンチャクのような、少し短めな二本の刀に変化させた。

 

「何だそりゃ⁉︎スゲェな!死んだらオレがもらってやるよぉ!」

 男が甲高い声でそう叫ぶと同時に、六本のクナイは全く違う軌道をとって、小天狗めがけて襲いかかった。

 

 小天狗はクナイ自体を目で追わず、クナイを操る気の軌道を探知し、視界の死角から周りこんで来るクナイも、間合いに入ると正確に打ち払った。

 しかし、気で繋がれているため、クナイは再び軌道を変えて、小天狗を狙った。

 

 小天狗は六本ものクナイを、両手の九尾の尻尾の刀を、フル回転させて退け、その僅かな瞬間を重ねて、男の気の性質を読み取っていった。

 そして、男の気を完全に覚えると、クナイを打ち払うと同時に、男が操る気に同調させて切断、六本のクナイは男の操作を放れ、払われるままの方向に飛んだ。

 

 すると、運命の神のいたずらか?その払ったクナイの一本が、後方で離れて見ていた小桜に向かって、飛んで行ってしまった。

 その時小天狗は、まだ自分をめがけて襲って来る、残り二本のクナイの動きを追っており、小桜の驚いた気を感じるまで、そのことに気づかずにいた。

 

 気を見ることが出来ない小桜には、黒っぽい何かが小天狗の周りを飛び交い、払っても払ってもまとわりついて来る、大きな虫のように見えていた。

 その虫のようなモノが、まとわりつくのをやめ、払い飛ばされたまま戻らなくなった、と思った次の瞬間、それは自分めがけて飛んできた。

 小桜が驚いた時には、それは目の前に迫っていて、目をつぶることしか、出来ることはなかった。

 

 小天狗の叫ぶ声に、小桜が目を開けた時、そこには黒っぽい刃物を、身を挺して受け止めた、小珀が横たわっていた。

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