第百二話 来訪者

「あ、いたいた!小天狗さん」

 屋敷から銀嶺郎が出てきて、声をかけた。

 

「…この時の、気の扱い方なんですけど、上手くいかなくて」

 銀嶺郎は、元々扱うことが出来た、こちらでは導気と呼ばれる、気を伸ばして、離れたモノを掴んだり、動かしたりする、放出系の気の応用方を、いろいろ考えているようで、思うように出来ない所を、小天狗に質問したかったようだ。

 

「それなら、全部の指から伸ばすより、一本だけで伸ばしてから、必要なところで枝分かれさせた方が、扱いは簡単だと思うよ」

「そっか!伸ばすとこんがらがって困ってたけど、なるほど」

 

 今回の小天狗の来訪で、対戦したり、その気の扱いを目の当たりにした者たちは、それぞれが気の新たな可能性を感じ、模索し創造する努力を始めた。

 

 その結果、刃王国内において、これまでの闘気による身体強化や、力の増強に特化していた戦い方が、大きく変貌することになるのだが、当の小天狗は、自身がそのきっかけであることを、知るよしもなかった。

 

 

 

 滞在期間も残りわずかとなる中、小天狗はその間中にと、小桜と二人で、小珀のための小屋作りをした。

 

 首輪やリードのことを、家長の華鈴に相談したところ、尾上家にとって狼は神聖な動物なので、そういった束縛は望ましくない、とのことであった。

 

 しかし、さすがにこちらの世界では、大型動物を室内で飼うという、考え方は存在しないようで、改めて職人に依頼はするが、差し当たっての小珀の居所として、小屋が必要となったのである。

 

 狼小屋を作っている間、小珀は何度かかまって欲しそうに、小天狗や小桜に近づき、遊びをしかける動きをしたが、二人とも軽く撫でる程度にしかかまってくれず、諦めて二人が目に入る範囲内で、適当に遊んでいた。

 

 そして、最初にそれに気づいたのは、小珀であった。

 さすがの小天狗も、尾上の家の敷地内では、探索の気を張り巡らせてはおらず、完璧に気を殺したそれに気づいたのは、小珀の警戒する気を感じてからである。

 

 小天狗は小桜を庇える位置に移動し、それに向けて探索の気を放った。


 小天狗の探索の気を受けて、それは気を殺すのをやめ、闘気を解放。

 その闘気は渦を巻いて、身を潜めていた場所の周りの、樹々の葉を巻き込んで舞った。

 その木の葉の渦の中央を、迷彩色の忍び装束の男が、ゆっくりと歩いて現れた。

 

「スゲェ奴だって聞いて来たのに、隙だらけじゃねぇか、いつでも殺せたぞ!」

 その男は、いきなり物騒な台詞を吐きながら、背中に背負った忍刀しのびがたなを抜き、逆手に持ち替えて構えた。

 

(なんだ?このマンガの忍者みたいな登場きどった奴は⁉︎)

 そんな思いをよぎらせながらも、

「誰ですか?あなたは」

 小天狗は一応、名前を訪ねた。

 

「オレに勝てたら教えてやるよ!」

 

「名乗れないような不審な人は、帰ってもらえますか?」

 小天狗は、気に入らない相手に時々みせる、底意地の悪さで、その男をつっぱねた。

 

 小天狗の噂を聞いて来たということは、おそらく、今回の件の諜報を受け持った、柘植暗鬼の里の忍者であろう。

 年齢は小天狗と同世代くらいに見える。

 好奇心なのか?名をあげたいのかはわからないが、小天狗と勝負をするつもりで来たようである。

 

「強気じゃねぇか⁉︎トカゲの大将や十文字に勝ったからって、いい気になってっと、早死にすっぞ!」

 その男は、殺気のこもった闘気を放つと同時に、一気に間合いを詰めて、小天狗に斬りかかった。

 

 小天狗のすぐ後ろで二人のやりとりを見ていた小桜は、その男が一瞬消えたかと思った。

 次の瞬間、その男は小天狗の眼前まで迫って、逆手に持った刀を振り下ろし、小天狗が斬られると思い、小桜は思わず目をつぶった。

 

 しかし、小天狗は斬られることはなく、刀を持ったその男の手首と逆の肩を押さえ、一気に数メートル先まで押し戻してから、気で圧をかけてその男を弾き飛ばしていた。

 

 小桜が後ろにいなければ押し戻さずに、斬りかかって来たその場で、弾き飛ばしていたのだが、万が一の用心のために、小天狗はそういう選択をした。

 

 男は体勢を崩しながらも、二、三歩下がって構え直し、目を大きく見開いて不敵な、少し危い笑顔を見せた。

 

「おいおいおいおい、本物じゃん!」

 

 忍刀を持った手の親指の爪を噛み、荒い呼吸をし始め、一声ひとこえ、甲高い奇声をあげ、大きく足を開いて低い体勢になると、両手を広げて上目遣いで、小天狗を凝視した。

 

 闘気自体の大きさにさほど変化はなかったが、気の雰囲気がまるで違ったものに変貌し、飢えた獣の前に立っているような、鬼気迫るものを感じさせられる。

 

 小天狗は首に巻いていた、九尾の尻尾を外して刀の形状に変え、右足を前に軽く腰を落とし、尻尾の刀を両手で握って、腰のあたりで寝かせて構えた。

 

 おそらくこの男は、自分を殺すつもりでかかってくるだろう。

 小天狗は覚悟を決め、さっきより速くパワフルに動けるように、気の割合を上げて行き渡らせ、男の出方を見守った。

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