第百一話 小珀の才
天狗にも慣れた小珀の興味は、言葉を覚えることより、磐座の周りの環境に変わってしまい、あちこち匂いを嗅ぎながら、楽しそうに駆けまわった。
数多はまだ天狗に話していない、最近の自分の身に起こった出来事を、なるべく正確に思い出しながら報告した。
(で、これが白露様からもらった宝珠です)
そう言うと、懐から宝珠を取り出し、天狗に見せた。
(ほぉ、これは…)
そう言うと、天狗の瞳の色が金色に変わり、白露の宝珠を鑑定し始めた。
(使いこなせれば、気の性質変化が出来るそうです)
(だろうな…と言っても、ワレの力とは相容れぬゆえ、オマエが自分でなんとかするしかないが)
(じゃ、師匠のこういうアイテムは、無いんですか?尻尾とか
(無い!)
天狗にキッパリそう言われ、
(ですよね〜)
わかっていた返答に、数多は苦笑いして返した。
天狗は数多を真っ直ぐに見つめ
(ワレがオマエに教えられることは、ほぼ全て教え、オマエはそれを身につけ、使いこなしておる)
(そして既に、ワレの知らぬ気の使い方を、オマエ自らの手で生み、使っておるのであろう?)
そう天狗に言われ、数多は刃王の国での多くの出来事と、その度に応用した気の使い方を思い出し、天狗の言わんとすることを理解した。
(とはいえ、教えることがなくなっても師は師。ワレはオマエの百何十倍は、永く生きて来た先達ゆえ、大事に扱えよ!)
(もちろんです!師匠)
いつのまにか、周りを駆けまわっていた小珀も、数多の傍らで二人の会話を聞いているかのように、少し首を傾げて座っていた。
天狗と数多は刃王の国での話に戻り、数多はその時覚えた気の応用を、天狗に披露して見せた。
話は尽きなかったが、数多は小珀を連れてあちらの世界に戻り、狗神の森は再び静けさに包まれた。
御池のお社の小島に戻り、数多は小天狗に戻った。
小天狗は抱いていた小珀を下ろし、手のひらの先から気を伸ばして、小珀に気を送って同調させると、そのままふわりと宙に浮かんで、御池の水面に降りたった。
小珀は水面に立つ感覚に、少し戸惑った様子を見せたが、小天狗の気を感じている安心感もあり、小天狗の周りをたどたどしくだが歩きまわった。
小天狗の帰還を感じ取った小桜が、屋敷から御池の対岸に近づいて来る姿を見つけ、小珀が駆け出す様子を見て。
(泳げるよな)
小天狗はいたずら心を出し、小珀への気の同調を解いてみた。
すると、小珀は沈むことなく水面を駆け、小桜の元まで走って行った。
(あれ?)
自分との気の同調が残っているのかと、小天狗は小珀の気を調べてみたが、既に小珀のものだけである。
(小珀!)
小天狗は小桜にも聞こえるように、心の声で小珀を呼ぶと、
(!)
小珀は自分の名前に反応し、御池の水面上の小天狗に向かって走り出した。
小珀は躊躇することなく、御池の水面に脚を伸ばし、そのままダイブするかと思われた。
(えっ、マジか⁉︎)
小珀の全身には、小天狗が同調した時と同じように、小珀自身の気が包み、小天狗を目指し水面を駆けて来る!
(お前、ホントにスゴいな!)
小天狗はしゃがんで小珀を受け止めて、全身を撫でてやると、小珀は嬉しそうに腹を見せ、それと同時に、そのまま小珀は御池に沈んだ…。
すぐに小珀は犬かきならぬ、狼かきで水面に浮かび、小桜のいる対岸まで泳いで行き、小桜の前で全身を震わせ水を払った。
「イヤだ、もぉ!コハちゃん」
かなりの量の水しぶきを浴びせられ、小桜は叫んだ。
小天狗も水面をゆっくりと歩いて、対岸まで渡り、
(いいか小珀、気を抜くとそうなる)
理解は出来ないのは承知の上で、言葉をかけた。
(小天狗さん、どうしてコハちゃんに、心の声で話しかけてるの?)
(実は小珀は、心の声だと少し言葉を理解して。話せそうなんだ)
(ホントに⁉︎)
(自分の名前と師匠って、言葉を言えたのは聞いた)
(えーっ、私も聞きたいし、名前呼んで欲しい!)
小桜は小珀の前に座り込み、
(小珀、小桜、こはく、こざくら…)
交互に指を指しながら、互いの名前を連呼した。
小珀はじっと小桜を見つめ、
(コハク、コザク…)
そう言って首を傾げた。
(あ〜、惜しい…)
(音が似てるから、すぐには難しいかもね)
(そっか…でも、自分の名前は本当に言えるんだね!)
(師匠も小珀は賢いって褒めてたよ)
(そうなんだ!天狗様のお墨付きなら、きっとすぐに、名前も呼んでくれるね)
小桜は優しく小珀の頭を撫でてやった。
(シショ)
天狗の話題が出たのがわかったのか、小珀はそう心の声を響かせた。
そして、御池や屋敷の周りを、探索しながら走りまわった、
小天狗は小珀のそんな姿を見ながら、
(こっちの世界って、犬とかノーリードで飼ってもいいのかな?)
小天狗は、狼を飼っていた茜丸に、その辺を聞いておけば良かったと、小珀を飼うことに対しての、認識の甘さを痛感した。
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