第九十九話 命名
『小』が付いて狼らしい…」
小桜はしばらく考え込み、ハッと気づいたように目を輝かせ、
「狼だから『
「コロちゃん?」
呼びやすいし、響きとしては悪くないが、小天狗のいた世界では、ごくごくありふれた、それも犬につける名前である…。
やはり小桜のネーミングセンスは、残念ながら小天狗とは、相入れないものがありそうだ。
「いい名前だとは思うけど…コイツ美人になると思うから、可愛いすぎるかな」
小桜の機嫌を損ねないように、小天狗はやんわり否定した。
「美人になるって、小天狗さん、もう親バカ入ってる!」
と、小桜は楽しそうに笑ってくれたので、小天狗はホッと胸を撫で下ろした。
「そうだね、コロちゃんだと、コロコロしてる感じがするけど、この子痩せてるものね」
そう言いながら、小桜がしゃがんで子狼と目線を合わせると、子狼は小桜に近づいて、小桜の前でお座りをした。
「そいつ警戒心が強いのに、すごいよ小桜さん!」
小桜と万菊姫を比べるのは、どうかとは思いながら、小天狗は驚き、そして安心した。
小桜はそっと手を伸ばして、優しく子狼に触れた。
「琥珀みたいな綺麗な眼してるのね、確かに美人になりそう」
「それ、いいんじゃない?」
「何が?」
「名前!『こはく』」
「本当だ!この子にぴったり!」
二人が嬉しそうに盛り上がっているのを見て、子狼改め『
「戻られたのですね」
声をかけられて振り向くと、華鈴と銀嶺郎がそこにいた。
「その犬どうしたんですか?」
「何を言っているのです銀嶺郎⁉︎尾上家の者が狼がわからないとは、情けない」
さすがは尾上家の当主である。
華鈴は一目で小珀を狼だと認識し、銀嶺郎を叱責した。
「私もわからなかったことは内緒ね!」
耳元で小桜に囁かれ、小天狗は赤くなりながら、
「わかった」
と、小天狗は無意識に、口にチャックをする仕草をしかけたが、途中で口の前に指を一本立てる動きに変更した。
「小天狗さん、なぜ狼の子を?」
華鈴にそう聞かれて、小天狗は小珀との出会いのいきさつと、自分の世界では狼は見つかると騒動になるを話し、出来れば預かって欲しいということを伝えた。
小珀は、銀嶺郎が近づこうとした時には、低い声で唸り威嚇したが、華鈴には小桜に対した時のように、お座りをして、礼を尽くす態度を見せた。
「賢い子のようですね」
「え〜っ、そうかなぁ?」
一人威嚇された銀嶺郎は、認めたくなさそうにそう言った。
「尾上の家は、御池のお社の宮守ではあるが、尾上が崇めるのは天狗様、故に、尾上の家にとって、犬は神聖な動物であり、その頂点たる狼は、尾上の家名の元になった、最も敬愛せねばならぬ動物なのです」
華鈴は、小天狗が祖父から教えられた、尾上の家訓と同じことを、簡潔にまとめて銀嶺郎を諭した。
「母様、では小珀をうちで預かっても良いのですね?」
「もちろんです、天狗様のお弟子である、小天狗さんが縁あって連れて来られた子、預からねば天狗様に顔向け出来ません」
「ありがとうございます!俺も出来る限り、こちらに顔を出しに来ますので、よろしくお願いします!」
華鈴に頭を下げた小天狗と一緒に、小桜も頭を下げ、それを見ていた小珀も、真似するかのように伏せをして、アゴを前脚に乗せた。
「なんか、二人と一匹で息が合ってて、僕だけ仲間外れな気分だな…」
おそらく小珀から、群れの最下位認定されている、銀嶺郎は不満顔であった。
「まぁでも、小天狗さんがこっちに来る機会が増えるのは、嬉しいけど」
「ありがとう銀嶺郎くん、小珀ともすぐに仲良くなれるよ」
そう言って小天狗は、小珀の身体をを撫でてやり、失念していた大事なことに気づいた。
「すみません華鈴さん、早速で申し訳無いんですが、小珀に何か食べさせてやってもらえますか?」
「わかりました。小桜、銀嶺郎、一緒に来て用意してあげなさい」
「ハイ、母様」
小桜は小珀に近づいて、両手で顔を挟むように撫でると、
「コハちゃん待っててね、すぐご飯、持ってきてあげる」
華鈴と銀嶺郎を追って、小走りで屋敷の中に戻った。
小桜を見送りながら小天狗は、
(狼って、基本肉食だよな…?預かってくれだなんて、俺、結構大変なことお願いしたのかも…)
自分がこちらの世界では、無一文なことにも気づき、小珀の食費を捻出するには、何をすべきか頭を悩ませ始めた。
(ドッグフードも食うのかな?)
(魚なら大丈夫だけど、小珀の糧になる動物を、殺して捕まえるのはなぁ…)
(狩人だっけ?賞金稼ぎ…)
(こっちの世界にないもの持ってきて、売るのは…)
小珀は小天狗の足元にお座りして、あれこれ考え込む小天狗を、耳を寝かせた不安気に見える表情で見上げ、甘えた声で鳴いた。
「ああ、ゴメンな小珀」
しゃがんで小珀に目線を合わせ、優しく全身を撫でてやりながら、小天狗はふと思った。
(師匠にも紹介した方がいいよな…)
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