第九十八話 帰還

 小天狗は、走り去る二人の乗った馬を、子狼と見送りながら…、

 

「あっ!何で茜丸さんが、万菊姫を呼び捨てに出来るのか?聞くの忘れた…」

 

 と、小天狗が大きな声を出したので、子狼はビクッと驚いて、何事かと小天狗を見上げた。

 子狼の視線に気付くと、小天狗は左手で掬い上げるように、子狼の前脚を抱え、右手は後ろ脚を乗せるようにして抱き上げた。

 

「じゃあ、行くか」

 

 子狼を抱き抱えた小天狗は、ふわりと宙に浮かび上がると、王都の方角、御池の尾上の家を目指し、真っ直ぐに飛んで行った。

 

 

 

 御池の尾上家。

 空は雲一つなく晴れ渡り、キラキラと輝く御池の水面を、数羽の水鳥たちが浮かんで、追いかけっこをするように泳いでいる。

 

 小桜は朝から何度も、御池のほとりに来ては、御池の小島のお社を見つめ、小天狗の帰りを待っていた。

 

(まだ、はーちゃん起きてないのかな…?)

 

 小桜が小さくため息をつき、屋敷に戻ろうとした時であった。

 

(小桜さん、ただいま!)

 

 頭の中に小天狗の声が響き、小桜は小島のお社の方を見たが、小天狗の姿はなく、辺りを見回していると、優しく降り注いでいた陽光が、小桜の周りだけ遮られ、小桜は天を仰いだ。

 小桜の位置からでは、逆光ではっきりとは見えないが、それが小天狗なのは、すぐにわかった。

 小桜は、上空からゆっくりと降りてくる小天狗に、

(お帰りなさい)

 満面の笑みを見せながら、心の声で話しかけた。

 

 すぐそばまで小天狗が降りて来た時、小桜は、小天狗が何かを抱いていることに気付いた。

 

「わんちゃん!」

 小天狗が抱いているのが、大型の犬の子犬だと思った小桜は、思わず口に出して、目を輝かせた。

 

「わんちゃんじゃないよ」

 ふわりと着地して、抱いていた子狼を降ろしながら、小天狗は小桜に笑いかけた。

 

「わんちゃんじゃない…???ってことは、はーちゃんが化けてるとか?」

「白露様は小桜山から離れられないでしょ」

「じゃ、天狗様の子供?」

「ちがうって、いたら俺も会ってみたいよ」

 

 子狼は見知らぬ場所と、目の前の見知らぬ人間に緊張し、小天狗の脇に寄り添い、警戒する様子を見せたが、目の前の人間から自分にも流れる、臭いとは違う小天狗の何かを感じて、少し警戒を緩めてこの人間を観察した。

 

「子供の狼なんだ」

「じゃ、やっぱり、わんちゃんだよ」

 

(こっちの世界じゃ、狼もわんちゃんって呼ぶのか?)

 狼もイヌ科だし、野性の狼はワンワンと、続けては鳴かないらしいが、ワンと短く鳴くとは読んだ記憶がある。

 小天狗は、これ以上細かいことを考えるのはやめ、小桜の好きなように呼ばせようと思った。

 

「名前はあるの?」

「いや、まだつけてないよ」

「男の子?女の子?」

「あ、調べてなかった…」

 

 最初は関わるつもりがなかったので、あまり大事なことではなかったが、連れてきた以上は知っておくべきである。

 小天狗はしゃがみこんで、子狼の頭を軽く撫でてやってから、前脚の両脇に手を入れ、

 

「ちょっとゴメンね〜」

 と、持ち上げて、子狼の身体を起こした。

 

 小桜も周りこんで来てしゃがみこむと、小天狗と目を合わせ、

「女の子だね」

「だね」

 そう言って、小天狗は前脚をおろしてやり、顔や胸のあたりを優しく撫でてやった。

 

 子狼は小天狗の様子からも、目の前の人間が、小天狗の群れの仲間であり、警戒すべき相手ではないことを認識した。


「可愛い名前、つけてあげなきゃね!」

 名前をつける気満々な表情で、小桜は小天狗と子狼を交互に見つめた。

 

 小桜が考える名前を想像すると、言葉通りの意味で、可愛い名前になりそうだと、小天狗は思ったが、

 この子狼を、尾上の家で預かってもらおうと思っている手前、小桜の意見も無碍にするわけにはいかない…。

 

狼らしくて・・・・・、可愛いやつね」

 小天狗はせめてもの抵抗をした。

「あ!小天狗さんも私も、名前に『小』が付いてるから、この子も『小』が付いた名前をつけてあげるのは?」

 

 ついさっきまで子狼が小桜に、めちゃプリティな名前をつけられたらと、心配していた小天狗であったが、

 小桜から自分たち二人の子供に、名前をつけるような提案をされ、一気に心拍数は上がり、少しニヤけてしまっていた。

 

「わ、悪くないっていうか、いいと思う」

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