第九十七話 由来
「茜丸!何を言っておるのじゃ?其奴はものの怪じゃぞ!」
二人が闘いをやめ、倒れた子狼にかまい始めたのを見て、近づいて来た万菊姫が、また口を出してきた。
その声に振り返った二人より早く、子狼が万菊姫の前に立ち塞がり、低く唸り威嚇した。
「まだ言ってんのか?万菊」
「其奴は宙に浮き、空を飛ぶのじゃぞ!」
「そりゃコイツの気の扱いが…」
そう言いかけた茜丸の肩に手を置き、小天狗が制した。
そして、茜丸の耳元でしばらく何かを囁いた。
「なるほど、そうすりゃいいのか!」
茜丸は立ち上がり小天狗を見ると、自分を包むように薄く気の膜を張った。
「こんな感じか?」
さすが、気の性質変化までやってのける茜丸である。
小天狗が説明した宙に浮くための、気の扱いの第一段階を、いとも簡単に完璧に作り上げた。
「で、膜ごと上にだよな…」
そう言葉に出した時には、茜丸は既にふわりと宙に浮かび、そのままふわふわと万菊姫の目の前に移動し、
「どうだ万菊?これで俺も、ものの怪だ」
驚いてその場にへたり込んだ、万菊姫を見下ろしてニヤリと笑った。
そのあと、茜丸が万菊姫をなんとか説得してくれて、小天狗はお咎め無しとなった。
「なぁ小天狗、おまえ護衛組に入る気はないか?」
茜丸は旧知のような親しさで、小天狗に護衛組入りを打診してきた。
「それなら、妾が推薦してやろう!」
と、万菊姫にまで、何事もなかったかのように、後押しをされた。
「すみません、俺、これから自分の国に帰って、やらなきゃいけないことがあるんで…」
あちらの世界に帰っても、高校生に戻るだけなのだが、本音を言えば、万菊姫のようなわがままな王家の人間の、護衛は
「そりゃそうか、おまえみたいなスゲェ奴を、ほっとくわけないわな」
意外にも、茜丸は素直に理解を示してくれた。
「ところで、そいつはどうするんだ?」
茜丸が、小天狗の脇に寄り添って座っている、子狼を指して聞いてきた。
正直なところ、これだけなついてくれてもいるし、あちらの世界に連れて帰りたいくらいのだが…。
万が一、絶滅した狼だとバレた時の、騒動が想像出来るだけに、安易な行動をとることは出来ない。
「狼を飼ってる人って、多いんですか?」
「多くはないが、それなりにはいるぞ。俺も護衛長でなかったら、また飼いたいくらいだし…」
いつ逃げ出すかわからない姫の護衛は、狼を飼う余裕もないと言ってるようで、茜丸が少し気の毒に思えた。
(尾上の家で預かってもらえるかな…?)
それが可能なら、抜け穴を使って頻繁に会いにも来られる。
(犬が苦手じゃないと良いんだけど…って、尾上ん家は、天狗の師匠を祀ってるし!)
すっかり忘れていたが、尾上家の名前の由来は、狗神として祀られている、天狗の師匠を見ることの出来たご先祖が、その大きさから狼(大神)と思い込んだことから、狼を祀る家として『尾上』を名乗ったと、子供の頃にじいちゃんから聞いたことがある。
(狼って、尾上家には守り神じゃん!)
いきなり光明が差し、小天狗は子狼を抱き上げ、
「尾上家なら、大丈夫そうです!なにせ『
普段はほとんど見せない、小天狗のはしゃいだ様子を、子狼も敏感に感じ取り、嬉しそうに小天狗の顔を舐めまくった。
「『狼家』って、おぉ!もしかして尾上の由来って狼なのか?」
「そうなんですよ!」
「そりゃ、運命だな!」
茜丸も子狼の行き場が決まって、自分のことのように喜んでくれた。
「オマエとは、もっといろいろ話たいんだけどな、早く万菊を連れ帰らねぇと、待ってる連中も多いんでな」
「仕事中ですもんね」
「そうなんだよ…もう面倒は起こすなよ、万菊!」
既に馬上の万菊姫に、相変わらずぶっきらぼうに茜丸が言うと、
「じゃが、小天狗と知り合えたのは、妾のおかげじゃぞ!」
こちらも反省の色は全くなく、恩をきせるかのように、万菊姫は返した。
「だな!」
そう言って笑いながら、茜丸はふわりと宙に浮くと、自分の馬の鞍に静かに跨った。
「じゃぁな小天狗!王都に来たら、城の西の丸の護衛組詰所を訪ねてくれ、また絶対会って、今日出来なかった話をしよう!」
「ハイ、絶対伺います!」
小天狗は、社交辞令ではなく、本気でそう言った。
「いや小天狗、西の丸では、まず妾を訪ねよ!王都で一番の菓子と茶で、もてなしてしんぜよう!」
万菊姫も小天狗を全く警戒しなくなり、すっかり打ち解けていた。
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