第九十六話 嫉妬と共感
離れて見ていた万菊姫は、気を見ることが出来ないため、一瞬だけ闘った茜丸とものの怪こと小天狗が、距離を取って口論をしている姿を見ながら、
「何をやっておるのじゃ?」
そうつぶやいた時、茜丸が離れたまま刀を振り回したかと思うと、対峙した二人の真ん中辺りに、いきなり炎が出現し、小天狗めがけて飛んで行ったのを見て、目を丸くして驚いた。
その炎は、小天狗の目の前ではじけ、煙をたてて小天狗の姿を覆い隠した。
「熱っ!」
茜丸が繰り出した炎と、小天狗の気がぶつかったのは、小天狗の一メートルほど手前であった。
しかし、炎自体は気で相殺して止めて受け流したが、その熱波は止められず、煙と共に小天狗を覆い、気で防御していたので、火傷こそしなかったものの、思わず声に出して叫んでしまった。
(気を上げてなきゃ、ヤバかったな)
小天狗は煙に包まれている間に、懐に入れた袋から白露にもらった珠を取り出し、片方の木剣の柄に取り込んだ。
(俺にも、出来るかな?)
小天狗は、珠を取り込んだ方の九尾の尻尾の木剣に、螺旋状に気を纏わせると、自分を包んだ煙を絡め取り、上段から茜丸めがけて振り下ろした。
螺旋状の煙は、茜丸めがけて真っ直ぐ伸びて行き、茜丸は気を纏わせた右手の刀を、身体の正面に突き出して、螺旋状の煙を二つに分けた。
小天狗も振り下ろした木剣を、真っ直ぐ茜丸に向けた状態で、
「ドン!」
螺旋状の気の中に、火球をイメージして発射した。
残念ながら、火球は生成されなかったが、発射された気の塊は、螺旋状の気の中を砲弾さながら、回転しながら威力を増して、茜丸を襲った。
螺旋状の気の中を、もの凄い速さで迫って来る、気の塊の存在を察知した茜丸は、左手に持った刀も前に出して、その気の塊を受け止めようとしたが、その勢いは凄まじく、後ろに何メートルも押し込まれた末に、なんとか軌道を変えて、受け流すのが精一杯であった。
おまけに、前面で受けていた右手の刀が、ピキッという金属音をたて、目の前で刀身にヒビが入り、二つに折れてしまった。
「なっ⁉︎」
気の扱いに関しては、父親の銅弦以上の天才と言われ、その大きさや強さにも自信を持っていた茜丸であったが、
(そうだった!コイツ空も飛べるとか…)
目の前の自分より若い悪党に、その自信は打ち砕かれていた。
「あれっ?全然ダメじゃん…」
その小天狗の方も、九尾の尻尾と白露の珠まで使ったのに、火球を生成することが出来ず、かなり落ち込んでいた。
お互いが相手の才能に嫉妬し、顔を上げ睨みつけた時、茜丸は小天狗の後ろで倒れている、子狼の姿に気づいた。
小天狗も、茜丸の視線が外れた方に振り返って、倒れた子狼に気づいた。
小天狗は慌てて子狼に駆け寄ると、九尾の尻尾を手甲に変えてから、子狼に手を当てて気を送り、状態を確かめた。
「さっきの炎と煙に巻き込まれたのか?」
茜丸も駆け寄って声をかけてきた。
「肺に損傷があるみたいです」
そう答えながら、小天狗は既に治療の気を送っていた。
「療気も使えるのか?それも狼の子に」
「見ただけでわかるんですね、狼だって」
「昔、飼ってたことがあるからな」
さっきまでお互いを認めずに、闘っていた二人であったが、子狼を案じる気持ちで共感し、落ち着いて冷静に話すことが出来た。
再び九尾の尻尾の霊力を借り、子狼の治療はうまくいき、子狼は目を覚ました。
側に小天狗がいたことに、尻尾を振って喜ぶと、前脚を小天狗の膝に乗せて、小天狗の顔を舐めまくった。
「アンタの…いや、尾上君の狼か?」
茜丸はさっきまでと、ガラリと態度を変え聞いてきた。
「いえ、万菊姫を助ける少し前に、怪我していた脚を治療してやったら、なんか、なつかれまして」
「狼は犬と違って、子供でもこれくらい成長すると、なかなかなつかないもんだが…」
茜丸はチラリと万菊姫の方をを見てから、膝をつき正座をして、
「スマン、どうやら俺は尾上君に、大変失礼なことをしたようだ…」
そう言うと茜丸は、小天狗に頭を下げて謝った。
「急にどうしたんですか?」
「狼の信頼を得る者に悪人はいない!それが俺の信条だ」
真剣な表情で茜丸は言い切った。
狼の信頼を得たのも初めてだし、周りに狼の信頼を得た知人もいないので、茜丸の信条が正しいのかどうかは、小天狗にはわからないが、とにかく誤解が解けたのなら、それに越したことはない。
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