第九十五話 予測不能

アンタはそれでいいのか?」

 

 茜丸は右手に持った刀で、小天狗の九尾の尻尾を変形させた、木刀(?)を指した。

 

「ええ、これだけは、本当のものの怪の力を持った武器なんで」

「ワケのわかんねぇ事、言ってんじゃねぇよ!面倒だから、こっちから行くぜっ!」

 

 茜丸は両腕を下ろした状態から、刀を左右に開き、前傾姿勢で踏み込んで、小天狗との間合いを一気に詰めると、目にも止まらぬ速さで、外から内側に円を描くように、両方の刀を小天狗めがけて降り下ろした。

 

 だが、その刀が小天狗を打ち付けることはなく、風切り音だけを残して空をきった。

 降り下ろした刀は、充分に小天狗をとらえられる間合いであった。

 しかし小天狗は、刀の風圧で飛ばされた木の葉のように、紙一重の距離で茜丸の刀を避けた。

 

 踏み込みと剣技の速さに自信を持っていた茜丸は、まさかけられるとは思わず、二撃目に入るのがコンマ数秒遅れた。

 刀を円を描くように降り下ろしたために、両の手は左右に大きく開き、無防備になった顔面に、小天狗の下からの蹴りが迫った。

 茜丸は身体をのけぞらせ、その蹴りを避けたが、小天狗は正面を向いていた身体を、腰をひねって横に向け、蹴り上げた脚を一瞬で身体に引き寄せ、今度は足刀を放った。

 

 茜丸は腕を交差させてその蹴りを受け、勢いを殺すように後方に飛び下がり、そのまま滑るように数メートル離れて、小天狗の次の攻撃に備え身構えた。

 小天狗は足刀を放った蹴り脚を、上げたままの体勢で、

 

「さすが護衛長、速いですね」

 別に馬鹿にしたわけではなく、黒曜丸や柘植暗鬼、十文字焔といった、対戦した剣士隊の隊長たちと、遜色のない速さであったからだが、茜丸はそうは捉えなかった。

 

「アンタがただ者じゃない事は認めてやる!だがな、なめた口きかせるほど、こっちは本気出してねぇんだよ!」

 吐き捨てるようにそう言うと、茜丸の闘気は一気に大きくなり、全身を包んでいた闘気の色も、青から赤紫に変化した。

 

(色まで変わる人って珍しいな…こっちも少し上げとかないとな)

 大きさだけで言えば、既にそれに引けを取らない気を纏ってはいたのだが、茜丸の気の色変化に対応出来るように、小天狗も何割か気を上げた。

 

 ただし、小天狗の気の上げ方は独特であった。

 

 これは師匠の天狗のやり方を真似たもので、普通は茜丸のように、大きさに伴い身体の周りに溢れ出す、気の量や濃さが増す。

 しかし、小天狗は状況に応じて、身体の内側に向けて上げるようにし、気が見える者に対して、大きさの判断を難しくさせていた。

 

 茜丸は、今度は左足を前に少し腰を落とすと、右手を上げ左手を下げて構え、その赤紫の気を二本の刀の刀身に纏わせていた。

 

 それを確認した小天狗は、ゆっくりと正中線上に、木剣状の九尾の尻尾の持ってくると、木剣を挟むように手を合わせ、自分のイメージした形の念の気を送った。

 すると、木剣は二つに割れ二本になったが、一本の尻尾の変化のため、ヌンチャクのように紐で繋がったものとなった。

 

「なんだそりゃ⁉︎手品か?多々羅のもんに二刀流で挑もうなんて、どこまでなめてやがんだテメェは!」

 

 小天狗の習得している小太刀の剣術でも二刀流は使うし、気の変化した茜丸の動きに対しての用心だったのだが、茜丸の怒りの火に油を注いでしまい、とうとうアンタからテメェになってしまった。

 

(こんなことなら、銅弦さんとも手合わせしておけば良かったな…)

 刀に気を纏わせるということは、単純に刀を交わすとは思えない。

 銀嶺郎のように気を伸ばして闘う、スタイルなのだろうか?

 

「手加減しねぇぜっ!」

 そう言うと、茜丸は右腕を顔の前まで持っていき、同時に左腕を上げて顔の前で交差させ、左右に開くように刀を振り下ろした。

 振り下ろされた二本の刀の先端から、小天狗めがけて赤紫の二本の刃が伸び、

 

(やっぱ、鞭か⁉︎)

 小天狗が軌道の変化に備えて身構えた時、赤紫の二本の気の刃が交差して、バッテン状に重なると、いきなり炎となって可視化された。

 そのまま気は切り離され、斜め十字の炎はその形を保ち、小天狗を襲った。

 

(気の性質変化⁉︎)

 

 師匠の天狗や白露が、火球や氷を出現させるのを見たことはあるが、人がそれを使うのを見たのは初めてである!


(スゲェ!)

 小天狗はその炎に見とれながらも、気を溜めてあった九尾の尻尾の木剣を、身体の前で交差させ、そのままの形で気を炎に向けて放った。

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