第九十四話 挑発

「ところで、そこのアンタは何者だい?」

 

 言いたいことがひと段落して、茜丸はやっと小天狗の存在を、その眼中に入れたようだ。

 

「それは、ものの怪じゃ!」

 小天狗が答えるより早く、万菊姫が誤った情報を茜丸に伝えた。

「ものの怪?どう見ても人だろ?」

「人に見えるが、其奴は空を飛ぶのじゃ!」

「空を?人にもそれが出来る奴がいるって、聞いたことはあるが…」

「じゃがその妖の力を使って、追って来た輩から妾を助け、金銭・・を要求したのじゃ」

 

「金銭を…?」

 茜丸は少し考え込み、一つの仮説を導き出した。

 

「追手来た連中は、どうしたんだ?」

「軽くあしらったくせに、そのまま逃がしたのじゃ!」

 万菊姫の余計な一言で、茜丸の仮説は確信に変わった!  

 

「アンタ、その連中の仲間だろ?身代金じゃなく、助けた礼金ってことにすりゃ、安全に金が手に入るもんな!」

 茜丸は謎解きをする名探偵さながら、ドヤ顔で小天狗を指差して言った。

 

(コイツも面倒くさい奴かよ…)

 善意で助けようとしたら、ものの怪呼ばわりされて、話が長くややこしくなるのを避けるために、小天狗は金を要求しただけで、そのまま立ち去るつもりであった。

 

「面白い推理ですけど、俺は偶然ここにいただけですよ」

(って言っても、信じてくれないだろうけど…)

 

 そして、小天狗の予想通り…、

「しらばっくれても無駄だ、おとなしく捕まった方が、少しは罪が軽くなる…かも知れねぇぞ!」

 茜丸は自分の考えを曲げようとせず、小天狗を捕まえる気満々である。

 

「冤罪だってわかったら、後で恥かきますよ!まぁ、捕まる気もないですけどね」

 小天狗にしてみれば、飛んで逃げれば済む話なのだが、このての人間から逃げると、間違った考え方を増長させるだけなので、この国の流儀で解決するしかないと、半ば諦めかけていた。

 

「オイオイ!この多々羅茜丸から逃げられると、思ってんのか?」

 

(多々羅⁉︎銅弦さんと同じ苗字?刀も二本背負ってるし、まさか…)

「あの、多々羅って…銅弦さんのお身内ですか?」

「銅弦さんだと?今度は親父・・の知り合いをかたる気か?」

 

(息子かよ⁉︎)

 同じ日に全く違う場所で、父と息子と知り合うなんて…。

 それも、父親の方はすごく好印象でむかえてくれたのに、息子の方には全く逆の印象で、出会ってしまった。

 

「騙りませんよ、お父さんに尾上小天狗を知ってるか、今度聞けばいいですよ」

「尾上っ⁉︎オマエ尾上家の身内なのか?」

 何度目だろう?こっちに来てから、尾上家の名前を知らぬ者に、まだ出会ったことがない。

 

「まぁ、黒曜丸も相当バカだからな、チンピラ連れて小悪党を気取る、身内がいてもおかしくはないわな」

 ただし、茜丸にはそのネームバリューの効果はなかった。

 

「茜丸!さっさとそのものの怪を捕まえよ!」

 

 小天狗からすれば、茜丸とはまだ会話が成立しているが、こちらの話を聞く耳を持たない万菊姫は、口を挟まれると迷惑なだけで、正直なところ黙っていて欲しい。

 

「わかったわかった!万菊がああ言ってるんで、痛い思いをしたくなかったら、おとなしくお縄につきな!」

 わがままな万菊姫を諫めてた時の、茜丸には好感が持てたが、今の茜丸には不快な感情しかない。

 

「わがまま姫の護衛長って、そんなに強いんですか?剣士隊の隊長とどっちが上なんでししょう?」

 小天狗にはイライラが溜まると、相手を挑発するきらいがある。

「俺、悪いこともしてないのに、捕まってあげられるほど、お人好しじゃないんで、痛い思いの方を選びます」

 

「俺には三種類の嫌いな奴がいる!」

 茜丸は真顔になって、小天狗に三本の指を突き付けた。

 

「一つ目は、他人の好意を無駄にする奴、二つ目は、親父と比べる奴、三つ目は、剣士隊より護衛組が下だと思ってる奴だ!」

 そう言うと、両手で両肩から伸びている、交差させて担いだ刀の柄を掴み、一気に抜きはなった。

 そして、両手の刀をくるっと半回転させ、峰打ちで闘う準備をした。

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