第九十三話 茜丸

(連中の親玉か?)

 

 しかし、先程の追手のように緩んだ不快な気ではなく、切羽詰まった感を受ける、張り詰めた大きな気であった。

 

 いきなり自分を無視して、後方を警戒し始めた小天狗に、

「これ、ものの怪!妾との話の途中じゃぞ、何事か?」

 姫は不満をあらわにした。

 

 小天狗はチラッと姫の方を見て言った。

「まだ見えませんが、こっちに近づいて来る奴がいます」

「見えぬなら見えるところまで飛び上がって、調べればよいではないか」

 

 姫にそう言われ、小天狗は自分の迂闊さと、この姫に一本取られた悔しさに、少し撫然としながら飛び上がった。

 

 およそ三十メートルほどの高さまで上がると、遠くからこちらへと向かう気の主を、普通の目視でも確認出来た。

 小天狗は更に視力を強化し、向かって来る気の主を見た。

 気の主は、先程の追手たちとは違い、小綺麗な格好をしており、剣士隊の隊服に似た陣羽織に、背には交差させた二本の刀を背負っている。

 

(さっきの追手とは、関係ない人みたいだけど…)

 確認をすませ、地上に降りた小天狗に、

「どうであった?」

 と、馬から降りた姫が聞いてきた。

 

「背中に二本の刀を背負った人でした」

「おお!それなら茜丸あかねまるじゃ」

「お知り合いですか?」

「妾の護衛の長じゃ」

「何で今頃になって?」

「それは…」

 口ごもる姫を見て、小天狗にはおおよその状況が飲み込めた。

 おそらく、その護衛長の目を盗んで外出したところ、あの連中に目をつけられたのであろう。

 

(あの気の感じからしても、かなりの実力者なのに…)

 この姫さまのわがままな行動に、振り回されているであろう護衛長に、小天狗が同情していると、

 

「ウゥ〜〜ッ!」

 耳を立て、こちらに向かって来る馬に警戒していた子狼に、姫は不用意に近づいて威嚇された。

 

「なんじゃこの犬の子は⁉︎無礼な!」

「犬じゃなくて野生の狼ですから、人には慣れてないんです」

「人に慣れてない狼の子?やはり其方がものの怪だと、証明しているようなものではないか!」

 

(この人、人に化けたものの怪に、化かされたことでもあるのか?)

 何故ここまで、自分をものの怪にしたいのかはわからないが、小天狗は反論を諦めて、接近して来る『茜丸』という護衛長に、意識を集中することにした。

 

 接近して来る蹄の音が、はっきりと聞こえるようになり、こちらからも、そして、茜丸からも、互いを目視出来るようになると、茜丸の気が更に強くなった。

 

(どっかのシスコンみたいに、いきなり斬りかかって来ないよな?)

 こちらの世界に渡って来た時、いきなり黒曜丸に斬りかかられたことを思い出し、小天狗はどんな状況にも対応出来るように、首から九尾の尻尾を外して、木刀の形に変化させた。

 

「いたぁぁ〜〜っ‼︎」

 よく通る大声で叫びながら、茜丸は近づいて来ると、小天狗の脇を通り過ぎ、馬を止めることなく飛び降り、姫の傍らに片膝をついて礼を示した。

 が、

 

「ふざけんなよ万菊まんぎく!いっつもいっつも面倒かけやがって!怪我してねぇだろうな⁉︎」

 いきなり仕えている姫に対して、乱暴な口調で絡み出した。

 

(万菊姫って名前なのか、それにしても…)

 小天狗は、護衛長の茜丸の口調に、吹き出しそうになりながら、少し溜飲を下げた。

 

 茜丸は二十代中盤くらいで、身長や体格は小天狗とさほど変わらないが、馬から飛び降りた身体能力から想像するに、おそらく着物の下には、引き締まったアスリートのような肉体が、隠れていると思われる。

 顔立ちや髪型は、口調通りのやんちゃな少年が、大人になったような感じで、護衛の制服が似合ってないわけではないが、仕事中だから仕方なく着ている印象がする。

 

「だから、逃げたわけではないと申しておるではないか!」

「張り番の目ぇ盗んで、裏口から出てったくせに、そんな言い訳が通用するか!」

「一人で町を見てみたかっただけじゃ!逃げてはおらぬ!」

「つーか、自分の立場ってもんを、もっと自覚して行動しろ!万菊に何かあったら、張り番の首が、言葉通り飛んでたんだぞ!」

 

 もちろん責任者である護衛長の自分も、同等以上の罰を受けることは敢えて言わず、茜丸は変わらず無礼な口調で諌めた。

 

「わかっておる、帰ったら張り番の者にも謝る…だから、もう申すな…」

 茜丸の叱責が、さすがにこたえたようで、高飛車な万菊姫も反省の言葉を口にした。

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