第九十二話 姫さん

木の枝がいきなり吸い寄せられるように、小天狗の手に飛び込んできたのを見て、男たちは一瞬怯んだが、その枝の細さに余裕を取り戻し、

 

「それでやろうってのか?オメェは達人か何かかよ?」

「金づるの女逃がしやがって、その命で落とし前はつけてもらうぜ!」

 その言葉を合図に、四人は一斉に小天狗に襲いかかった。

 

 小天狗は、最初に無駄に大きく振りかぶった、斧を持った男の眉間を、ピシッと軽く打ち据え、次に短刀を持った男の短刀を持った指に、同じように一撃を加えた。

 

 それはまばたきするほどの一瞬の動きで、軽く細い木の枝だから出来る、目にも止まらぬ速さの攻撃であったが、枝には気を込めていたため、その衝撃と痛みは、同じことを受ける何倍もあった。

 

 小天狗は動きを止めずに、刀を持った一人目の右側をすり抜けざま、刀を持った右手の手首をはたいてから、刀を持ったもう一人の、リーダーっぽい男の背後に回り込んで、まず両足のふくらはぎを、左右交互に数発ずつ叩き、最後に左の肩口に一発、より気を込めた重い一撃を入れ、その男をひざまずかせた。

 

 男たちは持っていた得物を落とし、眉間、指、手首を押さえて、それぞれが痛みにのたうちまわっている。

 リーダーっぽい男に至っては、膝をついてはいるが、ふくらはぎの痛みに腰を落とすことが出来ず、加えて左肩口の痛みもあり、頭を地面につけて、右手で左肩口を押さえた、土下座のような格好で、声も出せずに痛みに苦しんでいた。

 

 小天狗は眉間を押さえた男の側に近づき、

「その命で落とし前はつけてもらうぜ!って言ってたの、あなたでしたよね?」

 ヒュンヒュンと枝を振りながら、その男の顔を覗きこむと、その男の落とした斧を拾って、笑顔で手渡した。 

 

「さ、続けましょうか?」

 なんか黒曜丸みたいなこと言ってるな…と思いつつも、その男の目の前に木の枝を突きつけて、小天狗は構えた。

 

「か、勘弁してくれ〜」

 その男は斧を放り投げると、土下座したまま後退り、手首を押さえている男にぶつかって腰を抜かし、二人して慌てて逃げ出した。

 それを見て指を打たれた男も後を追い、子狼が後を追おうとしたが、

「ほっといていいよ!」

 と、小天狗が声をかけると、止まって振り返り、言葉を理解したかのように戻ってきた。

 

「賢いヤツだな」

 子狼は、膝をついてふくらはぎの痛みに耐えている、リーダーっぽい男の近くに伏せ、まっすぐに小天狗を見ている。

 

「お仲間は逃げましたけど、あなたはどうしますか?」

「悪かった、あの姫さんにはもう手は出さない…悪いこともなるべくしないから、許してくれ…」

(なるべくって…)

「じゃ行ってください。でも今度、悪事をはたらいてるところに出会ったら、こんな程度じゃ許しませんからね!」

「わ、わかった、悪かった…」

 男はふくらはぎの痛みで、両方の足を交互に引きずりながら、小天狗の側から離れ、よたよたと逃げて行った。

 

 (姫さんとか言ってたな…)

 

 しばらくして、姫さんと呼ばれた女性は、軽快に馬に揺られ戻ってくると、

「何故逃がしたのじゃ⁉︎成敗せいと申したであろうが!」

 どうやら、どこからか見ていたようで、いきなり文句を言ってきた。

 

 改めてその女性をよく観察してみると、年齢は自分より少し上だろうか?

 気の強そうな大きな目と、透きとおるような白い肌が印象的な、よく言えば高貴な雰囲気を纏った顔立ちではあるが…。

 悪く言えば高飛車さが滲み出ているため、言葉遣いと相まって、苦手意識が先に立ち、小天狗的には点数低めな美人である。

 

「懲らしめてはやりましたよ、もう貴方には手を出さないって、約束もさせましたし」

 

「王家の姫に狼藉を働いたのじゃぞ!死罪でも軽いくらいじゃ!」

 

(死罪より重い罪ってなんだよ?)

 そう頭の中でツッコミながら、

(王家の姫かぁ…)

 また面倒なのを助けてしまったと、小天狗は後悔した。

 

「しかし、人に化けるのが上手いものの怪じゃな」

「ものの怪ってのは嘘で人ですから、空は飛べますけど」

「何っ⁉︎人じゃと?わらわたばかるつもりか?空を飛べる人などおらぬわ!」

 

 王家の姫だからなのか?それともこの姫のパーソナリティなのか?

 自分の思い込み優先で話をする、この姫との会話が再び始まり、面倒な気持ちが湧き上がり始めた時である。

 

 小天狗の後ろで伏せていた、子狼の気の緊張が高まり、耳を立てて立ち上がり、姫たちが来た方向を警戒した。

 子狼の気の緊張を感じ取り、小天狗は子狼の見つめる方向に、探索の気を放った。

 

新手あらてか?)


 まだ姿は見えない単騎が、ものすごい速さでこちらに近づいて来る。

 それも、先程の追手たちとは比べものにならない、大きな気を持っていた。

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