第八十九話 歪曲

 当時の一番隊隊長は王族出身で、その地位と一番隊隊長という立場を鼻にかけた、差別意識の高い嫌味な人物であった。

 

 そんな人物であったため、正宗市蔵の強さは仕方なく認めていたが、名も知らぬ山村出身の平民と、同じ剣士隊の隊長として並列で扱われることに、強い不満も持っていた。

 

 正宗市蔵の九番隊に配属されたことに、日頃から不満を持っていた剣士数名が、市蔵をよく思わない一番隊隊長に、うがった見方で脚色誇張された、あることないことを告げ口し、一番隊隊長はそれを鵜呑みにした。

 

 一番隊隊長は、剣士隊隊長筆頭という立場を使い、正宗市蔵を呼び出して、一方的に説教を始め、市蔵は黙ってそれを聞いていた。

 反論一つせずに冷めた表情で聞くだけの市蔵に、一番隊隊長はイライラを募らせ、なめているのかと、鞘に入った刀で顔面を打ち据えた。

 額が割れて血を流しながらも市蔵は耐え、一番隊隊長がもう一発と振りかぶった時、市蔵が呼び出されたことを聞いた、多々羅銅弦と樹蘇童が駆けつけ、それを止めた。

 

 その一件は、剣士隊を統括する轟天大将の耳にも入り、他の隊の問題でもあり、一番隊隊長の行為は筆頭とはいえ、度が過ぎると注意を受けたことで、プライドを傷つけられた一番隊隊長の怒りは、更に歪んだ形で市蔵に向けられることになる。

 

 正宗市蔵の暗殺であった。

 

 まず、街のゴロツキ十数名を金で雇い、市蔵を狙わせたが、あっさりと返り討ちにされた。

 ゴロツキ程度の刺客では力不足と、次は、九番隊の不満分子を焚き付け、成功したら一番隊に転属させる約束で、刺客に仕立て襲わせた。

 顔を覆面で隠し闇夜に乗じて襲ったが、不満分子は自分の隊の隊長の実力を、その時初めて身をもって知ることになる。

 口の軽い一人が命乞いのために、黒幕が一番隊隊長であると白状し、市蔵はそいつを連れて、一番隊隊長の元に乗り込んだ。

 

 一番隊隊長は、市蔵が乱心したと一番隊の剣士たちをけしかけたが、市蔵は鬼神の如き強さで、全ての一番隊剣士たちを峰打ちで倒し、一番隊隊長に迫った。

 

「わ、私が悪かった…許してくれ…」

 刀を突きつけられ、一番隊隊長は膝をつき手を合わせて謝った。

 そこに騒ぎを聞きつけた、残りの全ての剣士隊の隊長たちが集まり、

 

「やめろ市蔵、刀を収めるんだ!」

 銅弦に声をかけられた市蔵は振り返り、


「これが…剣士隊なのか?」

 怒りを押し殺しながら、ゆっくりと吐き捨てた。


 市蔵の意識が銅弦に向けられ、僅かに刀の切先が自分から外れたとみるや、一番隊隊長は腰の刀を抜き、市蔵に斬りかかった。

 しかし市蔵は、後ろに目があるかのように、右足を軸に半回転してその刀をかわし、一番隊隊長の刀は空を切った。

と、同時に市蔵の刀が一閃し、一番隊隊長は刀を落とした。

 

「手が、私の手がぁ〜っ!」

 市蔵の一閃は、一番隊隊長の両手首の腱を斬り、その両手は力なく垂れ下がっていた。

 

 市蔵は抵抗する素振りもみせず、その場で他の隊長たちに取り押さえられ、牢に入れられたが、すぐに事情は明らかにされ解放された。

 一番隊隊長は、隊長と王族の資格を剥奪され、平民としてその処罰を受けることになった。

 

 だが、その沙汰を聞くことなく、銅弦や蘇童に挨拶もせずに、市蔵は剣士隊を去り、銅弦は今日まで、その消息を知ることがなかった。

 

 

「申し訳ない…私たちの力不足が、キミの父上を傷つけ、剣士隊や私たちへの怨みを抱かせることになった…」

 多々羅銅弦は立ち上がり、甘露に深々と頭を下げた。

 

「父が剣士隊に失望した事情はわかりました。でも、銅弦隊長や蘇童将軍のことは、怨んでないと思います」

 そう言って甘露は、銅弦に笑顔を見せた。

「私、父の前でもこんな感じで、銅弦隊長に憧れてるのを、隠したことがないんです」

 

「でも、剣士隊に入る話は嫌がっても、銅弦隊長の話をする時には、ニヤニヤして黙って聞いてるか、お前みたいなのは相手にされんって、言うだけなんです!だから…」

 甘露はそう話ながら、頑固で口うるさ父親の、普段の態度の裏側にある気持ちがかいま見え、涙が溢れた。

 

 銅弦は甘露に近づき、そっと肩に手を置くと

「ありがとう、君に出会えて良かったよ」

 噛みしめるように、そう告げた。

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