第八十八話 昔話
甘露とボルムは刃王軍の陣営に行き、蘇童将軍に面会、ボルムの部族は蘇童将軍のはからいで、しばらくの間、庇護を受けられることとなった。
その一方。
憧れの多々羅銅弦に会い、浮かれまくりながらも、ボルムの部族の件を報告する仕事を終えた甘露は、銅弦から話があると幕舎に招かれ、人払いをされた二人きりの部屋で、幸せの絶頂にいた。
「正宗…」
多々羅銅弦は、口髭を撫でながら、渋い表情でその名をつぶやいた。
しかし甘露は、キョロキョロと幕舎の中を観察するのに夢中で、銅弦のその表情には気づかなかった。
「君の父上は『正宗
いきなり銅弦の口から父の名前が出て、甘露は驚いたが、
「どうしてわかったんですか?父をご存知なのですか?」
銅弦と縁があったことに喜びを感じ、笑顔で尋ねた。
「君の腰の物には見覚えがある」
女性が扱うには長いこの長刀は、元々は父の市蔵が使っていたのを、譲り受けたものである。
「ハイ、これは父の物でした」
この時初めて、甘露は銅弦の表情に笑顔が無いことに気づいた。
「父上が剣士隊の隊長だったことは、知っていますか?」
銅弦は真っ直ぐ甘露の目を見て聞いた。
「ハイ、父はそのことを口にしたことはありませんが、噂は耳に…」
「そうですか…」
「父は私に、剣士隊の選抜試験を受けさせてくれないのですが、銅弦隊長はその理由をご存知なのですか?」
銅弦は目を閉じて、しばらく考えてから、おもむろに語り始めた。
「もう、二十年以上前のことになりますね…」
剣士隊の数は、隊長格の力量のある者の人数により、その時々で多少の変動がある。
現在の剣士隊は十一番隊まであるが、最多で十六番隊まであった時代もあり、この当時は九番隊までであった。
剣士隊の隊番号に隊長の力量差や、身分は関係ないが、一番隊の隊長だけは筆頭と呼ばれ、隊長のリーダー格とされている。
多々羅銅弦はこの時既に、二番隊の隊長を務めており、隊長職に就いて三年ほど経っていた。
更に、八番隊の隊長を樹蘇童、現在の蘇童将軍が務め、正宗市蔵は九番隊の隊長に就任したばかりであった。
正宗市蔵は、剣士隊の選抜試験を受けるまで、全くと言って良いほど無名の若者で、彗星の如く現れ、圧倒的な強さで勝ち進んで優勝した。
左頬に刀傷はあったが、端正で凛々しい顔立ちをした、野生味のある瞳が印象的な美丈夫で、剣士隊に配属されると同時に、隊長に任命されるほど、その実力を評価されていた。
しかし、正宗市蔵は普段から多くを語らない、無口で無愛想な若者で、その風貌とクールな印象が、王都の若い女性たちには受け、当人の知らぬところで人気があったが、
その反面、配下の剣士たちには、市蔵のコミニュケーション不足もあり、市蔵の態度が九番隊自体への無関心と捉えられ、配下の剣士たちの多くが、陰で配属されたことへの不満を漏らしていた。
多々羅銅弦はルックスの良さと、軽快でノリの良い性格なこともあり、剣士隊隊長の中で一番女性人気も高く、やっかんだ王都の男性からは、軽薄男と陰口をたたかれることも多かったが、
真面目で誠実で人情味も厚く、多くの王都の民から慕われている、樹蘇童と何故か馬が合った。
二人は剣士隊に馴染めてない正宗市蔵を気にかけ、たびたび食事に連れ出した。
その甲斐もあってか、正宗市蔵も二人には少なからず心を開いて、いろいろな話をするようになっていた。
「俺は、山の中で父との稽古しかしてこなかった…急に部下を与えられても、接し方すらわからない…」
市蔵は銅弦と蘇童に、素直な気持ちを打ち明けた。
「私なんか、部下に話かけ過ぎて、逆にうざがられてるよ」
という、銅弦の言葉に、
「確かに銅弦くんには、私も時々そう思う時があるね」
蘇童は大真面目な顔をしてそう言ってから、いたずらっぽく相好を崩した。
そんな二人の心遣いを、面には出さないが感謝し、自分も態度を改める努力をしようと、市蔵が考え始めた矢先に、それは起こってしまう…。
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