第八十七話 甘露

「空中でヒト一人、気で支えるのって、いくらくらい請求したらいいですかね?あと、狩人の命って相場はいくらですか?」

 小天狗はそう言いながら、甘露の顔を覗き込んだ。

 

「わかったわよ、行くわよタダで」

 甘露は大きく一つため息をつき、

「でも、この熊さんとは誰が話をするの?」

「陣営には、二番隊の銅弦隊長もいらっしゃるので、大丈夫だと思います」

 

「銅弦隊長ぉ♡」

 悲鳴にも近い声で、甘露はその名前を叫び、目をハートにして身体をくねらせた。

「もぉ、それを先に言ってよ!そうすれば私のこと、金の亡者みたいに誤解しなくて済んだのにぃ」

 

 どうやら甘露は、ダンディ中年隊長、多々羅銅弦の、かなり重度のファンのようで、

 銅弦に良い印象しかない小天狗は、甘露を銅弦に合わせるのが、逆に不安になった。

 

(彼女ドウシタ?)

 甘露の態度の変化は、ボルムにも異様に映ったようで、聞こえはしない心の声の会話なのに、声を潜めて聞いてきた。

(いいことがあったみたいです)

 小天狗も声を潜めて返したので、

(ソウカ)

 ボルムもなんとなく察して、それ以上は聞いてこなかった。

 

「どうしよう⁉︎私こんな可愛くない格好だったわ!」

「汗臭くないかしら?」

「お風呂入ってから行っても、別にいいわよね!」

 思ったことを口に出して、うろうろしている甘露に、

 

「甘露さん、聞いてもいいですか?」

「何?銅弦隊長の好きなとこ?」

「違いますよ」

「嫌いなところだったら、無いわよ!」

「・・・」

 

 いろいろ面倒なので、小天狗は単刀直入に聞くことにした。

 

「俺の受けた印象でしかないですけど、甘露さん、剣士隊の隊長に匹敵する実力なのに、何で剣士隊に入ってないんですか?」

 

 甘露は目を丸くして

「そんなことまでわかんの⁉︎」

 

「師匠で狩人の私の父が剣士隊嫌いで、選抜試験に参加させてくれないのよ!」

 よほど不満が溜まっていたようで、そこから甘露はまくし立てた。

 

「銅弦隊長の二番隊にも入りたいし、出世して隊長になったら、隊長同士でお茶やお食事だって出来るのに!あのバカ親父は、選抜試験を受けたいなら、自分を倒してから受けに行けですって⁉︎」

 恥ずかしげもなく、不純な動機を語り、

「隠してるつもりかもしれないけど、自分だって剣士隊の隊長だったってこと、とっくに知ってんのよ!だから仕事の時には面付けて、顔バレしないようにしてさ!何が『八面狼はちめんろう』よ⁉︎あ〜ホントむかつく!」

 

 息もつかずに父親への不満を爆発させ、肩で息をしている甘露を見ながら、

(元剣士隊隊長の狩人、八面狼さんか…)

 彼女の強さの理由の一端が、師匠でもある父親にあることを知った小天狗は、

 また、剣士隊に関わりのある人との出会いに、師匠の天狗の言った引きの強さをが、感じざるを得なかった。

 

 

「…なので、尾上小天狗からって言えば、蘇童将軍と銅弦隊長なら、必ず話を聞いてくださるはずです」

「ウン、わかった!銅弦隊長は強いし♡良い人だし♡素敵だし♡カッコいいし♡な〜んの心配もしてない♡」

 多少どころではない不安と、今度会った時に銅弦隊長から、恨み言を言われそうではあるが、ボルムの部族の件を甘露に託し、小天狗は帰路につくことにした。

 

「甘露さん、ちなみに王都って、どっち方面になりますか?」

「ちょっと待ってね」

 甘露は腰に付けた袋から、革製の地図を取り出し広げると、太陽の位置と影から基準となる方角を導き出し、

「地図はこの向きで、今いるのがこの辺りだから、王都はあっちね!」

「ありがとうございます!」

 

 小天狗が礼を言い、飛びたとうとすると、

「ねぇ小天狗クン!私と組まない?また会えたらだけど!」

 甘露がパーティ申請してきた。

 小天狗は少し考えてから

 

「今回のこともあるんで、一度くらいなら考えます。また会えたらですけど」

「よし、決まり〜♡」

 そう言うと甘露は、小天狗に近づきハグをし、

「ちょっ…⁉︎」

 小天狗は動揺しまくって、真っ赤になって硬直した。

 

 先日、兄の黒曜丸の大怪我の報告に、心を傷めた小桜を抱きしめて慰めたのとは違い、小天狗には、年上の美しい女性から抱きつかれた経験などまるでなく、現在の小天狗にとっての最大の弱点と言えるかもしれない。

 

「じゃ、お、俺行きますんで」

(ボルムさんもお元気で)

 そそくさとぎこちなく、挨拶をした小天狗に、

(アリガト、君モ元気デ)

 ボルムは穏やかにそう答え、

「絶対、また会いましょ!」

 甘露はそう言って握り拳を突き出した。

 小天狗は一瞬躊躇したが、甘露の拳に自分の拳を合わせ、

 

「じゃ!」

 と、そのまま弾かれたかのように、大空に舞い上がり、王都を目指した。

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