第八十六話 仲裁

「お姉さんよく喋りますね。残念ながら、まだ終わってないんですけど、続ける気はあります?」

 

 小天狗はそう言って、甘露を支えてない方の手で、下を指差した。

 

「まだ終わってない…?」

 甘露はそう言いながら、青年が指差す下を見た。

 

 現在、甘露は、弾き上げられた位置より遥かに高い空中におり、熊獣人の姿もウサギくらいの大きさに見えた。

 ゆえに、その見晴らしの良さは半端なく、甘露は一度死を覚悟した、割の合わないこの仕事が、馬鹿らしくなってしまった。

 

「でも、自分から退くのは、なんか悔しいのよね…」

 と、一度切れてしまった気持ちと、負けず嫌いなプライドとの、折り合いがついていない様子だったので、

 

「じゃ熊さんにも聞いてみましょうか?」

「聞いたわよ、さっき!で、ダメだったから仕方なく、闘ってたんだもの」

 

(こんな感じで聞いてみましたか?)

 この女性の気の大きさと練度を鑑みて、当然聞こえるであろうと、小天狗は心の声で話しかけた。

 

「ちょっ、ナニ今の⁉︎アナタ呪術師かなんかなの⁉︎」

 おそらく彼女も、少し練習すれば出来ることなのだが、お約束通りに驚いてくれた。

 

「そうよ!大体アナタ、何で空が飛べるのよ⁉︎もしかして幽霊⁉︎」

 今更という感じの質問だが、さっきは自分が死んだと思い込み、今度は小天狗を幽霊扱い…。

 キャラは全然違うが、美形という共通点で黒曜丸を思い出し、世の美男美女は皆、その美しさと引き換えに、残念な性格を与えられているのか?と、小天狗は苦笑いしてしまった。

 

(それは後で説明します。とにかく先に、熊さんと話しが出来るか、試させてください)

 

「わかった、じゃ、待ってる」

 甘露はこの提案もあっさり受け入れた。

 

 小天狗は熊獣人の気に集中し、

 

(あの…熊の人、聞こえますか?)

 出来る限り穏やかに、心の声で話しかけてみた。

 

(⁉︎)

 上空に浮いたままの人間と、新たに現れた人間を警戒しながら見ていた熊獣人は、弾かれたようにビクンと反応して、慌て周りを見回した。

 

(あ、上の俺で〜す)

 小天狗のこの言葉に、熊獣人はすかさず反応し、上空を見上げた。

 

(通じてるみたいですね)

(オマエ、何者⁉︎)

(通りすがりの見物人です)

(ヒト、飛バナイ、神カ?)

(降りて話していいですか?)

(ヨイ、首ツカレタ…)

 

 小天狗は甘露と共に、ゆっくりと地上に降り、甘露は刀を収めた。

 

 小天狗は甘露の方を見て、

「何を聞けばいいですか?」

 そう聞かれ、甘露は一瞬だけ考え、

「じゃ名前、私は正宗甘露!そう言って」

(ご丁寧に、自己紹介からかよ⁉︎)

 と、小天狗は心の中でそう思ったが、そのまま伝えた。

 

 

 熊獣人の名は『ボムル』。

 この山から南に行った『蠱王の国』との国境の山で、どちらの国にも属さずに暮らしていた、少数部族の長だという。

 それを最近王が代替わりした『蠱王の国』が良しとせず、従属を求め、断ると部落に火虫を放ち、焼き払った。

 生き残った部族の者を連れて『刃王の国』側に逃れて来たものの、手持ちの食糧も無くなり、止むを得ず民家に盗みに入っていたという。

 

(悪イ、ワカッテル。デモ子供タチ、ヒモジイ、サセタクナイ…)

 

 小天狗はその盗みのせいで、懸賞金がかかっていることを伝え、このままだと『刃王の国』にも居られなくなることを、ボルムに説明した。


「蘇童将軍なら、なんとかしてくれるかも」

 ほぼ独り言のようにもらした、小天狗のつぶやきを甘露は聞き逃さず、

「アナタ、蘇童将軍と知り合いなの⁉︎」

 小天狗の袖を掴んで聞いてきた。

 

「ええ、まぁ知り合いと言えば、知り合いになるのかな…」

「アナタ、何者?そういえば、名前も聞いてなかったわ!」

「そうでしたね、俺は尾上小天狗って言います。」

「尾上っ⁉︎もしかして黒曜丸隊長の身内の人なの?」

「身内じゃなくて親戚です、本家筋の」

「どおりで只者じゃないわけだ!」

 甘露は何度も頷きながら、改めて品定めをするかのように、小天狗を観察した。

 

「で、甘露さん!俺このまま帰らなきゃいけないんで、蘇童将軍にこの事を伝えてもらえませんか?今なら辰巳野の先の、刃王軍の陣営にいらっしゃるので」

 他に妙案もなかったし、政治的なことでもあるので、小天狗はボルムの一件は、蘇童将軍に預けることにした。

 

「行ってもいいけど、いくらで?」

 甘露はボルムの懸賞金の取りっぱぐれを、小天狗から回収するつもりなのか?金銭交渉してきた。

 

「俺、金持ってないんですよ」

「じゃ、話しにならないわね」

「甘露さん、さっき…」

「さっき、何?」

「一回死んでましたよね?」

 

 それを聞いて、甘露は大きく口を開けて、バツが悪そうに視線を外した。

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