第八十五話 介入

 小天狗はかなりの上空から、下の二人の闘いを邪魔しないように気を抑え、あえて気を探ることもせずに、視力だけを強化して観察していた。

 

 視力強化をすると、自分の望み通りのズームが出来るため、離れていても対峙した二人が、若い美しい女性と、熊のような獣人であることもわかった。

 

 若い女性が何かを話しかけ、熊獣人が警戒の気を高めると、若い女性も何か言いながら、闘気を高め、一触即発の空気になった。

 

 小天狗は、熊獣人が襲いかかるとばかり思って見ていたが、仕掛けたのは若い女性の方で、担ぐように構えた長刀に大量の気を纏わせると、一気に間合いを詰めて上段から、袈裟懸けに斬りかかった。

 熊獣人はその巨体に似合わない動きで、見切ったかのように、僅かに下がってそれを紙一重で避けると、

 返す刀で斬り上げようとした、若い女性の二撃目を、鉄棒かなぼうで止めた。

 しかし、若い女性は攻撃の手を休ませることなく、常人の目では追えない速さで、縦横無尽に斬りつけた。

 

 その速さの攻撃を、獣人ならではの動体視力と反射神経を見せ、全く無駄のない動きで、避けられるものは避け、それ以外は鉄棒で受け止めた。

 そんな、防戦一方に徹している熊獣人であったが、徐々に鉄棒に気を集めているのが、小天狗には見えていた。

 

 そして、若い女性が薙ぎ払った一閃を、初めて受け止めずに弾き返すと、そのパワーに若い女性は体勢を崩し、一瞬の隙が生まれた。

 それを待っていたかのように、熊獣人は鉄棒を大上段に振りかぶって打ち下ろした!

 若い女性は、なんとかその一撃を避けはしたが、熊獣人の狙いはそれではなかった。

 熊獣人は、地面に打ちつけた鉄棒の気を、若い女性の足元の地面ごと、爆発させるように弾き上げ、若い女性は十メートルほど、宙に舞い上がった。

 

 

 熊獣人に宙にに飛ばされた甘露は、

「何で熊にこんなことが出来んのよ⁉︎」

 そう叫びながら、次の攻撃に備えての姿勢制御をしようとして、視線が真上を向いた時に、甘露はあり得ないものを見た。

 

「何アレ⁉︎人っ!」

 

 考えたことをほぼ口にしてしまう甘露は、上空の小天狗に気を取られ、熊獣人のことを一瞬忘れてしまい、

 地上で待ち構える熊獣人は、鉄棒を下段に構え、一気に闘気を上げていた。

 

 

(しまった!)

 およそ三百メートルもの距離を取って、上空から見ていた小天狗は、若い女性が自分に気付き、しかもこっちに気を取られたために、回避行動に遅れが出たことに気づいてしまった。

 

 圧倒的な力量差があるのなら、弱い方の手助けくらいはと思ってはいたが、この両者の場合は拮抗していて、とどめの直前に止めるくらいのつもりでいたが、その均衡を崩したのが自分であり、あの熊獣人の鉄棒の直撃をくらえば、彼女は確実に死ぬだろう。

 

(間に合うか⁉︎)

 小天狗は、気で加速して急降下しながら、小桜山で身につけた気の網を、若い女性めがけて放出した。

 

 

 上空の人影に気を取られ、下にいる熊獣人への対応が遅れた甘露が、首だけ回して見た時には、熊獣人は下段からすくい上げるように、鉄棒を振っていた。

 自分が身体を半回転させて、あの鉄棒を受け止めるより早く、鉄棒は自分を打ちすえるであろう。

 

 甘露は覚悟を決めた。

 

 その瞬間、甘露の身体は強い力で引き上げられ、頭の後ろに鉄棒の風圧を感じた。

 甘露の視線の先には、さっき見た人影であろう青年が、はっきりわかる距離で手を差し伸べている。

 

「天からのお迎えだったのね!良かった痛くなく死ねて…」

 そう言って手元を見ると、まだ刀を握っている。

「あの世に刀なんて、持って行っていいのかしら?」

 更によく見ると、お迎えの青年が差し伸べた手からは、蜘蛛の巣のような網が伸びて、自分の身体を包んでいた。


「こんな風に連れて行かれるのね、誰かに教えてあげたかったなぁ…」

 

 さっきまで闘っていたとは思えない呑気さで、天に召される感想を声に出して口にする甘露に、小天狗は半ば呆れながらも、逆にその潔さに好感を持った。

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