第八十四話 寄り道

 やや複雑な気分ではあったが、十文字焔も落ち着いた態度に戻っており、三人の将たちは小天狗の語る、小桜山での戦闘の報告を、時に質問を交え聞いてくれた。

 

 報告を終え、幕舎を出た小天狗に、蘇童将軍は丁寧に礼を言うと、

「またこの近くに来ることがあれば、鈴音ヶ原の拙宅にも寄ってくれたまえ、しばらくは黒曜丸隊長も、ウチで療養しているしね」

 小天狗の肩に手を置いてそう言った。

「ハイ、その時には必ず!」

 

 多々羅銅弦は、少し離れた場所から、

(また逢おう!)

 心の声で話しかけて、余裕のある大人の笑顔を見せた。

(ハイ、是非!)

 

 少し気まずそうに、十文字焔は近づいて来ると、

「君の師は、どんな方なのだい?」

 そう聞いてきた。

 

「白露様とは別の、結界を護る御神獣です」

 小天狗の答えに、十文字焔だけではなく、蘇童将軍、多々羅銅弦も驚き、

 

「御神獣様の弟子とは⁉︎私がかなわなくて当然だ!」

 胸のつかえが取れたように、十文字焔は笑い出した。

 

「当然かどうかはわかりませんが、俺は…」

 小天狗は全身に薄く気を纏うと、ふわりと宙に浮き、

 

「最強の御神獣『天狗』の弟子です!」

 

「じゃ、失礼します!」

 そう言って、王都を目指して飛びたった。

 

 

 この一件は、数日後に王室にも伝わり、小天狗は刃王からも、呼び出しを受けることになるが、

 既に小天狗が、元の世界に戻った後であったため、今回の刃王との謁見は、叶わなかった。

 

 

 少しカッコをつけて飛びたったまでは良かったが、王都がどちらの方角になるのかを聞くのを忘れて、小天狗は上空で途方に暮れていた。

 

 背後に見える荒涼な土地が、鱗王の国土であることだけはわかる。

 しかし、急いでも三日ほどかかる距離であること以外、王都の情報を持っていない上に、さすがの小天狗でも、御池の屋敷にいる小桜や銀嶺郎の気を、この距離から探知するのは不可能であった。

 

(仕方ない、近くに降りて誰かに教えてもらうか…)

 そう思った時である。

 小天狗の右斜め前方の、かなり離れた場所にある山から、かなり大きな二つの気が、ぶつかり合うのを感じた。

 一つは人間の、それも女性のものだが、もう一つは明らかに人間のものとは違う、荒々しい闘気の塊であった。

 

 首を突っ込むつもりはないが、剣士隊の隊長クラスの大きな気を持つ女性の、闘いっぷりを見て見たい好奇心に駆られ、小天狗はその山の上空に移動していた。

 

 

 山の中腹辺りの開けた場所で、その二人は対峙していた。

 既に何手かの攻防があり、互いに相手の力量を知り、次にどう攻めるかを考えていた。

 

「あの金額じゃ割に合わない仕事だわ」

 女性の方が声にして、独り言で愚痴った。

 

 その女性は二十歳前後で、頭をバンダナのような布で覆い、髪は首元でまとめて編み込んだ、気の強さを感じさせる眼差しの、かなりの美女であった。

 

 細身の半袖で膝丈の着物に細袴、革製の鎧の胸当てに帯、同じく革製の手甲と、細袴の裾を脚絆に入れた、動きやすそうな格好をしている。

 そして、女性が持つには長い長刀を、左足を前に担ぐように構えていた。

 

 対するもう一人は、一人と言うにははばかられる、骨格だけが人間に近い、二メートルはある熊であった。

 全身を黒い体毛で覆われているためわかりづらいが、何故か黒いふんどしを付け、右手には一メートルほどの六角の鉄棒かなぼうを持って、仁王立ちで構えて(?)いる。

 

 女性の名は『正宗まさむね甘露かんろ』刃王の国では狩人と呼ばれる賞金稼ぎである。

 

 近隣の村々で巨大な熊に食料を食い荒される被害が多発し、人的被害はほぼなかったのだが、その熊に賞金がかけられた。

 別の仕事を終えて、偶然通りかかった甘露は、行きがけの駄賃程度に、盗っ人熊退治に参加し、意外にもあっさり出くわしてしまう。

 しかし、それは熊ではなく熊タイプの獣人で、そのセコイ盗みには似つかわしくない、強大な力を持っていた。

 

「ねぇ、アンタ言葉わかる?」

 甘露は熊獣人に問いかけると、

 熊獣人は答えることなく、警戒心を強め身構えた。

 

「やっぱ、やらなきゃダメかぁ…」

 正直なところ、甘露は依頼を受けたわけでもない、この熊獣人との闘いを、これ以上続けたくはなかったが、相対した状況で自分から退くのは、プライドが許さない。

 

「倒せなくても、コイツが逃げたくなるくらい、一気に攻めるしかないわね!」

 そう言うと全身の闘気を一気に高めた。

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