第八十三話 比較

(えっ?泣いてんの⁉︎)

 

 小天狗は驚いたが、それは至極当然なことであった。

 

 剣士隊の隊長ともなる者たちは、ほとんどの者が負け知らずで、隊長同士が力比べをすることは、禁じられている。

 剣士隊筆頭の十文字焔に至っては、最後に負けた記憶は、子供の頃の、師との稽古の時まで遡らねばならない。

 その十文字焔が、いきなり現れた無名の青年に敗れたのである。

 周り観衆の驚き以上に、十文字焔自身がその現実に混乱し、敗北することの悔しさと恥ずかしさに、初めての感情が、止まらぬ涙となって溢れ出た。

 

 そんな頭を下げたままの十文字焔に、蘇童将軍が近づいてきて、肩を抱きゆっくりとした歩調で、幕舎へと連れて行った。

 

 多々羅銅弦は小天狗を見て小さく頷き、小天狗が深く頭を下げると、銅弦は片手を挙げて挨拶を投げ、二人に続き幕舎へ戻った。

 

 周りの観衆の多くが、小天狗に話しかけたそうにしていたが、小天狗の後ろに影のように立っている、柘植暗鬼の醸し出す威圧感に、近づくことが出来ずにいた。

 

「場所を変えようか?」

 暗鬼に声をかけられ、

「そうですね」

 さっきまでは気にならなかった、観衆の視線が気になり始め、小天狗は暗鬼の提案に乗った。

  


 小天狗と柘植暗鬼は、かき消えるかのように、取り囲んでいた観衆の前から姿を消し、陣営の端のひと気の少ない場所にいた。

 

「で、私と十文字、どっちが強かった?」

 

 首に九尾の尻尾を巻いた暗鬼が、ニヤっと口角を上げて聞いてきた。

 

「いま闘ったら、暗鬼さんでしょうね」

「これがあるからかい?」

 そう言って尻尾を外すと、無造作に小天狗に放り投げた。

 

「これならどうだい?」

「それでも多分、暗鬼さんです」

 お世辞ではなく、小天狗は本気でそう思っている。

 

 小天狗に冗談めかすことなくそう言われ、暗鬼も真面目な表情になり、

「そう思う理由を聞いてもいいかな?」

「正直、十文字さんと闘って、初めて達人って人を見たんですけど、あの人って性格も槍も真面目でお堅いっていうか、遊びがない分、速さと力強さに対応出来れば、試合なら勝てるんですよ」

 それを聞いて、暗鬼は納得したかのように頷いた。

 

「でも、暗鬼さんは型にはまってないから、次の手が読めないし、十文字さんが槍だけで闘うなら、暗鬼さんの方が強いはずです!」

 小天狗にはっきりと、自分の方が強いと言われ、自分で聞いておきながら、暗鬼は少しむず痒い気分になった。

 

 しかし…、

「槍だけで闘うなら、と言うのは、どういう意味だい?」

 暗鬼はこの一言が気になった。

 

「あの人、真面目じゃないですか!普段から凄い鍛練もしてそうだし、いつか俺と再戦するつもりで、対策として何かしてきそうなんですよね…」

「するだろうね」

「俺と暗鬼さんって、型にはまらない闘い方をする所とか、似てる部分があるから…」

「なるほど、キミへの対策が、私にも効果的ってことか!」

 

「では私も、己れを強化しないとね、御神獣様の教えを受けて!」

 少々強引だが、暗鬼は白露の話に話題を変えた。

 

「さっき、白露様に暗鬼さんのこと、話しておいたって言いましたけど…」

「そう!だから何と⁉︎」

 暗鬼は、さっきと同じように、髪で隠れた眼を輝かせて聞いた。

 

「もしかしたら、剣士隊隊長の柘植暗鬼って人が、そのうち訪ねて来るかもしれませんって言ったら、わかったって…」

 小天狗は、もったいつけた割に、情報量が少な過ぎることを、少し申し訳なさそうに言った。

 

「それだけ?」と、言われるとばかり思っていたが、

「わかったってことは、私が訪ねて行っても良いという、返事だったのだね⁉︎」

 暗鬼は小躍りせんばかりの喜び方をした。

 

 異世界への抜け穴を、簡単に通さないための結界が張ってあるとはいえ、小桜山自体は開かれた場所なので、白露に会うことは、お社に行きさえすれば、そう難しいことではない。

 それをこんなに喜んでもらい、小天狗は更に申し訳ない気分になった。

 

(これだけ会えることを、楽しみにしてもらえてるって知ったら、白露様も悪い気はしないだろうし、まぁいいか)

 おそらく暗鬼は、直ぐにでも会いに行くだろう。

 

 両者のご対面の様子を、見てみたい気持ちはあるが、白露様とはさっき別れたばかりだし、忍びの頭領という立場にありながら、純粋に御神獣への憧れを持つ少年のような、暗鬼の邪魔するのも悪い。

 

 小天狗は、バレ将軍(ダラ)戦で見せた霊力の数々や、メルラに施した潜在能力の開放など、自分が知る白露の凄さを暗鬼に話してから、一人で蘇童将軍たちのいる幕舎に戻った。

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